Chapter 872
他人のものを奪う恋
「大野店長、どうあれ私がオーダーしたドレスが他の人の手に渡ったのは事実ですよね。お店として責任を取ってもらえますか?」
大野店長は何度も頷いた。高橋お嬢様が何倍もの値段を積んでドレスを強引に買い取ったのだから、高橋美咲への補償も惜しくはない。
「もちろんです。当店はご予約金を全額、いえ、倍額で返金いたします。」
カクテルパーティーはもうすぐ始まる。高橋美咲にとって今さらお金など必要ない。
「お店の責任だと認めてくれるなら話は早いです。倍額の補償はいりません。代わりに、他のドレスを一着選んで着ていきたいだけです。」
大野店長は一瞬固まった。ドレス一着で済むのか?それだけで終わり?
すぐに理解し、慌てて頷いた。
「はい、どうぞ。お好きなドレスをお選びください。」
オーダーメイドの予約金は、店内の既製ドレスの価格とほぼ同じ。高橋美咲はこんな小さなことで得をする気もなく、控えめなデザインのドレスを適当に選んで手に取った。
「森川茉莉、着替えてくるから今すぐ車を呼んで。」
高橋美咲は高橋彩花とここで言い争う暇もなかったが、無視すればするほど高橋彩花は苛立った。
着替えながら、手早く髪を低い位置でまとめてシンプルなポニーテールにした。ヘアスタイルがシンプルなほどジュエリーが映える。準備を終えると、すぐに試着室から出てきた。
入る前の高橋美咲は、ごく普通のカジュアルな服装で、街の会社員と何ら変わらなかった。
だが試着室から出てきた瞬間、店内のほとんど全員の視線が彼女に集まり、驚きの色に染まった。
高橋彩花は唇を噛みしめ、今にも切れそうなほどだった。なぜ?
すべてを奪ったはずなのに、今や自分こそが高橋家の正統な長女で、高橋美咲は父に捨てられた存在。それなのに、なぜ彼女だけがこんなにも輝き、皆の注目を集めるのか。
子供の頃から、高橋美咲がいる場所では誰も自分の存在に気づいてくれなかった。
またしても自分が「ゴミ」扱いされる現実に、高橋彩花は怒りで気が狂いそうだった。
高橋美咲が横を通り過ぎると、高橋彩花は何かに取り憑かれたように突然手を伸ばし、彼女のドレスを引き剥がそうとした。
だが、すでに気づいていた森川茉莉がそれを阻止した。
「高橋お嬢様、うちの社長からドレスを一着奪っただけじゃ足りないんですか?今度は着てるものまで奪うつもりですか?」
「これ以上騒ぐなら警察呼びますよ!」
高橋美咲は黙ってやられるタイプではない。さっと手を伸ばして高橋彩花を押しのけた。話が通じる相手ではない。
「どきなさい。さっきのは本気の冗談じゃないから。」
ヒールを履いていた高橋彩花はバランスを崩し、尻もちをついてしまい、その拍子に横の丸テーブルを倒して花瓶まで落としてしまった。
一瞬で冷たい水を全身に浴びる羽目になった。
高橋彩花は怒りのあまり叫び声を上げた。高橋美咲は「自業自得よ」とだけ言い捨て、森川茉莉と一緒にタクシーに乗り込み、カクテルパーティー会場へ急いだ。
…
カクテルパーティーの会場入口で、九条蓮は何度も外を気にしていた。もう九条家の跡取りではなくなったが、九条蓮の影響力はいまだ健在で、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
かつてはその地位ゆえに誰も近づけなかった女性たちも、今なお遠巻きに九条蓮の圧倒的な美貌を見つめるだけだった。
そんな中、一人の気の強い令嬢がワイングラスを手に近づき、他の女性たちを横目に小馬鹿にしたように言った。
「何を怖がってるの?九条蓮はもう九条家の社長じゃないのよ。」
「今日のカクテルパーティーだって、案件探しに来てるだけでしょ?」
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