Chapter 789
直接お礼を伝えるのが誠意
西園寺陸を見送った後も、高橋美咲はまだ夢を見ているような気分だった。
隣にいた森川茉莉も、まるで信じられないという表情を浮かべていた。
彼女は自分の腕を思いきりつねった。痛みを感じて、にっこりと笑い、「高橋部長、そんな切り札を持っていたなんて知りませんでしたよ。どうりで私が投資先を見つけられないって言った時も、全然心配してなかったわけですね」とつぶやいた。
「……」高橋美咲は微笑んだ。
もし本当にそんな切り札があったなら、今日高橋彩花にあれだけ馬鹿にされた後、不安で仕方なくて、発表会が本当に中止になるんじゃないかと怯えることもなかっただろう。
でも、幸いにも嵐はようやく過ぎ去った。
そして、高橋彩花が東都キャピタルから得た投資も、西園寺陸によって取り消された。
今日、高橋彩花は「高橋グループの笑い者にならないように気をつけて」とまで言ってきたが、高橋美咲からすれば、むしろ彩花の方こそ自分の心配をした方がいいのではと思えた。
「もう遅いし、今日は早めに帰りましょう。」
森川茉莉はすぐにうなずき、高橋美咲に別れを告げた。
マンションへ帰る道すがらも、高橋美咲の心はどこか上の空だった。
理屈で考えれば、九条蓮に助けてもらったのだから、今どんな関係であれ、最低限の礼儀としてきちんとお礼を言うべきだ。
ただ、高橋美咲は、あまり接点を持ちすぎると、また離れるのが辛くなるのではと怖かった。
そもそも、二人が別れたのは外的な理由で引き裂かれたわけではない。だから、九条凛を通じてお礼を伝える方がいいのかもしれない、とも思った。
高橋美咲はスマートフォンを取り出し、九条凛の番号を押した。
「凛、今どこにいるの?」
「今、買い物中だよ。どうしたの?一緒に来る?ついでにご飯もご馳走するよ。最近一緒に食事してないもんね?」
高橋美咲の目が輝いた。「じゃあ、あなたのお兄さんも連れてきて。」
九条凛がいれば、きっと場の空気も和らぐだろう。
九条凛は不思議そうに「え?」と声を上げた。
「美咲、何か隠してるでしょ?」九条凛はすぐに興奮気味に詰め寄った。「もしかして、もうお兄ちゃんとヨリ戻したの?」
まさか九条蓮が高橋美咲の向かいに引っ越してきて、たった2日で美咲を落としたなんて、そんな展開、想像もしていなかった。
九条蓮、そんなにすごくなったの?
「違う、ヨリは戻してないよ」と高橋美咲は慌てて説明した。
「じゃあ、なんでお兄ちゃんも呼ぶの?」
高橋美咲は少し迷ったが、結局隠さずに正直に話した。「実はね……今日、東都キャピタルの西園寺さんに会って、私のプロジェクトに投資してくれるって言われたの。でも後から知ったんだけど、それってあなたのお兄さんが紹介してくれたみたいで。」
少し間を置いて、「だから、お礼を言いたくて食事に誘いたいの」と続けた。
九条凛はそれを聞くと、すぐに「美咲!お礼を言うなら、自分で直接会って伝えるのが一番誠意が伝わるんだよ?あっ——そうだ、急に思い出したけど、私もう他の人とご飯の約束してたんだった。じゃあ、またね……」
そう言うなり、九条凛は一方的に電話を切ってしまい、高橋美咲に話す隙も与えなかった。
高橋美咲はスマホを見つめ、どうしようもない気持ちでいっぱいになった。
これで九条凛にまで背中を押され、九条蓮に直接お礼を言うしかなくなった。
高橋美咲は大きく息を吸い、不安な気持ちを押し殺した。
こうなったら、きちんと九条蓮にお礼を伝えよう。ただの食事だし、今までだって何度も一緒に食べたことはある。
そう心に決めると、高橋美咲は部屋の向かいのドアが開く音に神経を集中させた。
九条蓮が帰ってくるのを待ち、直接お礼を伝えるためだ。
……
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