Chapter 740
高橋美咲、黒川善と共に去る
黒川善が高橋美咲のもとに駆けつけたとき、彼の目に映ったのは、ひとりでスーツケースを引きずりながら、道端にぽつんと立ち尽くす美咲の姿だった。まるで行き場のない小さな捨て猫のように、哀れで寂しげだった。
思わずその場で悪態をつきそうになった。
高橋美咲は一体どうしたら、こんなにみじめな姿になるんだ。
黒川善の車が高橋美咲の前で止まると、彼はすぐにドアを開けて降り、美咲の荷物をトランクに積み込んだ。
ふたりは車に乗り込み、高橋美咲は助手席でシートベルトを締めた。
黒川善は怒りを抑えきれず、語気を強めて言った。「高橋美咲!一体どうしたんだ?九条蓮とケンカでもしたのか?」
高橋美咲は少し困ったようにため息をついた。窓の外に目をやりながら、「ケンカってほどじゃないよ。とにかく、別れたの。問題が多すぎて、もう続けられなかった。穏やかに終わったよ」と答えた。
黒川善は本当はもっと説教したかったが、傷ついた美咲の表情を見て、喉まで出かかった言葉を結局飲み込んだ。
「俺、前世でお前に借りでもあったのかよ!最初から俺と一緒にいればよかったのに。絶対にお前を裏切ったりしないのに。」
黒川善の言葉を聞いて、高橋美咲はかすかに微笑んだ。
「今世では無理だよ。また来世で会えたら、そのときは一緒にいよう。」
黒川善と一緒になれないからこそ、高橋美咲はこんな軽い調子で言った。そうすれば、ふたりの間も気まずくならない。
気持ちに理屈なんてない。もう九条蓮を好きになってしまった以上、他の誰かが入る余地なんてなかった。
黒川善は美咲の言葉を聞いて、思わず大きく目をむいた。
まあいい。高橋美咲が薄情な女だってことは、もうとっくに分かっていた。今は友達に戻れただけでも、むしろ悪くないのかもしれない。
彼はエンジンをかけ、車を走らせた。
黒川善の車が去った後、ようやく黒服の男がふたり、角から姿を現した。彼らは九条蓮が高橋美咲の身を案じて、こっそりつけさせていた人物だった。
高橋美咲が黒川善の車に乗って去るのを見届け、ふたりは顔を見合わせた。
高橋美咲が九条家本邸を出た途端、他の男と一緒に行くなんて、まさかこんな展開になるとは思わなかった。九条蓮に報告すべきかどうか、迷った。
しばらく悩んだ末、やはり九条蓮に電話をかけることにした。
…
九条家本邸。
九条蓮は書斎で、白い煙に包まれながら、重苦しい空気をまとって座っていた。
さっき、九条凛は高橋美咲が出て行っても平然としていると思っていたが、実際は美咲を追いかけて連れ戻さないよう、どれほど自分を抑えていたか、九条凛は知る由もなかった。
高橋美咲の身を案じて、こっそりふたりの男をつけさせていたほどだった。
案の定、高橋美咲が九条家本邸を出たとたん、九条悠真が彼女に目をつけていた。
だが、高橋美咲が九条悠真に振り向くことはないと分かっていた。
ブーブー、と机の上のスマートフォンが鳴り始めた。
「はい。」九条蓮は画面をスワイプして応答した。
「九条様、先ほど…奥様が…黒川家の御曹司の車に乗って出て行かれました。」
その報告を聞いた瞬間、九条蓮の目が鋭く細められた。
高橋美咲が黒川善と一緒に出て行った?
高橋美咲を狙う男が多いことは分かっていたが、彼女が自分の元を離れた途端、こんなにも蜂のように群がるとは思わなかった。このままでは、本当に誰かに奪われてしまうかもしれない。
九条蓮の目に暗い影が差した。
深く息を吸い込み、胸の苛立ちを無理やり押し殺した。だが、結局何も行動を起こさなかった。
これから先、ずっと高橋美咲と一緒にいるためには、今は心を鬼にするしかなかった。
You might also like




