Chapter 737
さようなら、九条蓮
九条凛は二人を心配そうに見つめ、本当にきちんと話し合うべきことがあると感じていた。自分は部外者だから口を挟むべきではないと判断し、うなずいてから踵を返し、九条蓮と高橋美咲に場を譲って部屋を出ていった。
高橋美咲は九条蓮の顔を見ると、どこか悲しげな表情を浮かべ、しばらく何を言えばいいのかわからなかった。
ほんの数時間前には、九条蓮に検査を受けるよう勧め、二人で未来に向かって歩もうとしていた。それなのに佐伯葉月と自分が事故に遭ってから、二人の関係も終わりを迎えてしまった。
二人はしばらく沈黙したまま過ごし、最終的に口を開いたのは九条蓮だった。
九条蓮は高橋美咲を見つめて言った。「佐伯葉月が君を池に突き落とした。さっき連れて行かれて、これから相応の罰を受けることになる。」
九条蓮は、高橋美咲が理不尽な思いをしないよう、佐伯葉月の件は自分がきちんと対処したと伝えたかった。
高橋美咲は小さくうなずいた。「うん、わかってる。」
佐伯葉月が罰を受けたとしても、お腹に子どもはいないし、九条蓮と自分が別れることももう決まってしまった。何も変えられない現実があるだけで、今は全く嬉しい気持ちにはなれなかった。
高橋美咲の沈んだ様子を見て、九条蓮の胸の奥に鋭い痛みが走った。
彼は高橋美咲のもとへ歩み寄り、そっと彼女を抱きしめた。
高橋美咲は少し身をよじった。「九条蓮、もう別れるんだから、もう抱きしめないで。」
「美咲、僕のこと、恨んでる?」
九条蓮は高橋美咲を離さず、ただその一言だけを静かに尋ねた。
「ううん、責めてないよ。蓮だって苦しかったはずだから。」高橋美咲はそっと首を振った。
あんな選択を迫られて、九条蓮にだって他にどうしようもなかった。だからこの結果を受け入れるしかなかった。
九条蓮の選択を理解してはいるものの、高橋美咲は彼と別れることがどうしようもなく辛かった。九条凛は少しでも時間を稼ごうとしてくれたが、高橋美咲はむしろ早く立ち去り、九条蓮と向き合う時間を減らしたかった。
高橋美咲の言葉を聞いた九条蓮は、しばらく沈黙した。
その場の空気が重くなったと感じた高橋美咲は、荷物をまとめる作業を続けた。「もう、きれいに終わろう。これ以上何も言わないで。」
少し間を置いて、彼女はかすかに微笑んだ。「九条蓮、さようなら。」
無理に平静を装う高橋美咲の姿を見て、九条蓮の胸には細やかで鋭い痛みが広がった。
高橋美咲はずっとこの問題に対して潔く向き合ってきた。取り乱すことも、誰かを責めることもなかった。その健気さが、かえって胸を締め付けた。
でも、二人の未来のためには、ここで少しだけ冷酷にならなければならなかった。
九条蓮の瞳は暗く沈んだ。
高橋美咲はもともと荷物が少なかったので、すぐにまとめ終わった。「じゃあ、先に行くね。」
そう言って、スーツケースを引きながら部屋を出ていった。
九条蓮の前を通り過ぎるとき、彼は彼女の手を取った。「どこに行くんだ?送っていくよ。」
高橋美咲はそっと首を振り、少し距離を置いた声で言った。「大丈夫。もう別れるって決めたんだから、きっぱりしよう。引きずるのはやめて。心配しないで、行く場所はあるから。」
そう言い残し、九条蓮の手を振り払って、何のためらいもなくスーツケースを引いて去っていった。
その背中を見送りながら、九条蓮は一歩踏み出そうとした足を、結局その場に止めたままだった。
しばらくして、九条凛がやってきた。高橋美咲の姿がないことに気づき、「お兄ちゃん、美咲さんとちゃんと話せた?美咲さんはどこ?」と尋ねた。
「もう出て行ったよ。」
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