Chapter 72
九条蓮に恋人がいる?
高橋美咲は九条凛を玄関まで見送り、東京で一番美味しいレストランはどこかと尋ねられた。
九条凛は少し考えてから、「御膳庵かな。行くなら私の名前を出してみて。2割引になるから」と答えた。
御膳庵は九条ホールディングスの系列店だ。本当は高橋美咲が行けば無料で食事できるのだが、九条凛は自分の素性がバレるのを恐れて、控えめに2割引だけ伝えた。
「うん、ありがとう。」高橋美咲はそれだけでも十分満足だった。
手を怪我しているので料理も不便だし、今日九条凛の話を聞いて、九条蓮にこれまで助けてもらったお礼もまだちゃんとしていないことを思い出した。
だから今夜は奮発して、一番美味しいレストランの料理を買って帰ることにした。
それを九条蓮へのお礼にしようと思ったのだ。
九条凛を見送った後、高橋美咲はタクシーで御膳庵へ向かった。
入口で九条凛の名前を出すと、案の定、店長がとても丁寧に迎えてくれた。いくつか料理を注文し、持ち帰り用に包んでもらうよう頼んだ。
ロビーで待っていると、店員が一人の男性を案内しているのが見えた。
黒いシャツに黒いスラックス。背が高く、すらりとしたその姿はひときわ目立ち、誰もが思わず目を引かれる。
九条蓮だった!
まさかこんな偶然があるとは思わず、高橋美咲は驚いた。
挨拶しようと歩み寄ろうとしたその時、思いがけず彼の後ろに女性がいるのが見えた。女性はシャネルの白いワンピースを着ていて、透き通るような美しさと上品な雰囲気をまとい、明らかに良家の出身だと分かる。
二人がこちらに歩いてくるのを見て、高橋美咲は慌てて隣の空いている個室に入り、身を隠した。
扉を少しだけ開けて、二人が通り過ぎるのをじっと見ていた。
高橋美咲は壁にもたれてしばらく呆然と立ち尽くし、それから外に出た。ちょうどその時、九条蓮とその女性が個室に入っていくのが見え、完全に姿が見えなくなった。
胸の中の温かい気持ちが一気に冷めていった。
あの女性は明らかに普通の家柄ではなかった。九条蓮とどんな関係なのか分からないが、男女が二人きりで食事に来ているのだから、単純な関係ではないだろうと、どうしても色々考えてしまう。
「お客様、ご注文のお品ができました。」
御膳庵の店長が自ら料理を持ってきてくれた。高橋美咲はぼんやりしながらも受け取り、「ありがとうございます。お会計はもう済ませています」と答えた。
高橋美咲はそのまま店を出て歩き出した。
帰ろうとした時、背後で店長の声が聞こえた。トランシーバーで「厨房、A2個室がカップルセットご希望です……」と話している。
高橋美咲の足が一瞬止まった。
A2は、さっき九条蓮とあの女性が入った個室の番号だった。彼は女性と一緒に入り、カップルセットを注文した。二人は恋人同士なのだろうか。
もし恋人なら、なぜ九条蓮は自分と結婚しているのか。なぜキスしたのか。
それは一時の気の迷いなのか、それとも少しでも自分に気持ちがあるのか。
高橋美咲の心はぐちゃぐちゃになり、頭の中が真っ白になった。
どうやってマンションまで帰ったのかも分からない。家に着いて部屋を見渡しても、朝のあの甘く幸せな気分はもうどこにもなかった。
九条凛に「この人に気持ちはあるの?」と聞かれた時、心が少し揺れた気がした。
でも、それは自分だけの思い込みだった。二人はただの契約夫婦で、自分には彼を問い詰める権利すらない。御膳庵でも、ただ立ち去るしかなかったし、声をかける勇気もなかった。
だめだ、こんな気持ちに流されてはいけない。
高橋美咲は徐々に気持ちを落ち着かせ、きっぱりとした表情になった。
御膳庵で包んでもらった料理をお皿に移し、ソファに座って九条蓮の帰りを待った。
彼が帰ってきたら、直接聞いてみよう。もし本当に恋人がいるなら、この契約が終わったらきっぱり別れて、彼と他の女性の間に絶対に割り込まないと決めた。
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