Chapter 708
高橋美咲の立場を認める(続き)
美咲は一瞬固まり、急いで手にしていたスマートフォンを置くと、驚いて言った。「どうして上がってきたの? 階下のことはもう終わった?」
蓮はしばらく美咲を見つめた。表情に異変がないと確かめてから、手を伸ばして腕の中へ抱き寄せた。そして優しく言った。「美咲、ごめん。つらい思いをさせた」
もともと美咲は、それほどつらいとは感じていなかった。
何しろ九条会長が自分を気に入っていないことは知っており、初めから大して期待していなかった。九条会長に、一人で二階にいろと言われたことも、当然だとさえ思っていた。
だが今、蓮の言葉を聞くと、抑えていたつらさが一気にこみ上げた。
美咲はくぐもった声で言った。「大丈夫。つらいなんて思ってないよ」
蓮は美咲の背を優しく撫でながら言った。「行こう。一緒に階下へ行くんだ」
美咲が口を開こうとしたそのとき、背後から九条会長の声が響いた。
九条会長は冷たく鼻を鳴らした。「九条蓮! 今、その女を連れて階下へ行って、ほかの者に尋ねられたら、どういう立場の人間だと紹介するつもりだ?」
九条会長が現れたのを見て、美咲は慌てて蓮の腕の中から離れた。
九条会長は暗い顔で入ってきた。怒りを抑えながら鼻を鳴らして言った。「以前、私に約束したことを覚えているか? 約束を反故にするつもりか?」
蓮は美咲が妊娠していると九条会長に嘘をつき、それによって初めて、九条会長は美咲の存在を一時的に受け入れた。だが二人は、美咲と蓮の関係を誰にも知られてはならないと約束していた。
それが九条会長にできる、最大限の譲歩だった。
九条会長に美咲の存在を一度で受け入れさせるのは、簡単なことではないのだろう。
蓮はきつく眉を寄せた。確かに九条会長へ約束していた。
しかし、美咲につらい思いをさせたくもなかった。
結局、蓮は少しもためらわず、美咲の側を選んだ。低い声で言った。「お祖父様、僕たちのことを公にしないと約束したのは確かです。でも美咲は僕の妻です。ここへ一人で残していくことなんてできません」
「そんなことをすれば、薄情で不実な男になってしまいます。お祖父様だって、僕にそんな男になってほしくはないでしょう?」
九条会長の顔は真っ黒になった。何というこじつけだ。
九条会長は怒って蓮を叱りつけようとした。
そのとき凛が外から入ってきて、急いで場を取りなした。「もう、お祖父様! そんなに怒らなくてもいいでしょう。美咲をここに残しておくのは、本当によくないわ。階下へ行って、皆と一緒にいたほうがいい。そっちのほうがにぎやかだもの」
九条会長は凛まで美咲を助けるとは思わず、不満そうに鼻を鳴らした。「九条凛、これはどういうつもりだ?」
蓮はまだ何か言おうとしたが、凛が意味ありげな視線を向けていることに気づいた。
そこで、それ以上は何も言わなかった。
「お祖父様、まずは落ち着いて」凛は九条会長のそばへ寄り、そっとなだめた。「お祖父様が心配しているのは、美咲とお兄様の関係を何か勘繰られることでしょう?」
「でも、そんなの簡単に解決できるわ。美咲を階下へ連れていけばいいの。皆には、私の親友だと紹介する。そうすれば、誰も誤解しないでしょう」
凛は九条会長の考えを理解していた。仲介役として、両方が納得できるよう精一杯、場を収めようとした。
凛の言葉を聞き、九条会長の表情はわずかに和らいだ。
九条会長は冷たく鼻を鳴らして言った。「いいだろう。凛の言うとおりにしよう! ただし、私に隠れて何かしようものなら、容赦はしない。誰の顔も立てるつもりはないからな!」
そう言うと、九条会長は袖を払って立ち去った。
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