Chapter 697
後ろめたい人ほど怯える(続き)
以前の一連の出来事を経て、悠真は全体的にずっとおとなしくなり、その目には暗い影さえ宿っていた。
かつて蓮と凛は正体を隠し、長いあいだ悠真を欺いていた。そのうえ後には、刑務所にまで入れたのだ。悠真がそう簡単に水に流せるはずがない。
以前の悠真は、九条家で足場を得るために蓮へ取り入ろうとしていた。
だが今は、考えを変えていた。
悠真は九条家の大旦那様へ取り入るつもりだった。たとえ自分への態度がよくなくても、蓮に愚か者のように弄ばれるよりはましだ。
九条家の大旦那様は座ってお茶を飲んでいた。傍らでは芽衣と凛が話をしており、何を話しているのか、大旦那様は満面の笑みを浮かべていた。和やかな雰囲気に見える。
そこへ突然、使用人が入ってきて、九条家の大旦那様のそばで小声に告げた。「大旦那様、若旦那様と若奥様がお戻りになりました」
使用人がそう言い終えた瞬間、リビングはしんと静まり返った。
とりわけ沙耶香の表情は、今にも崩れそうだった。
何しろ美咲と悠真はかつて付き合っており、美咲は悠真を傷つけたことさえある。
今では美咲の名前を聞くだけで、どうしても居心地が悪くなり、美咲を恨むようにさえなっていた。
沙耶香は冷たく笑い、皮肉っぽく言った。「九条蓮は今も高橋美咲と一緒なんですか? あの女はろくな人間じゃありません。お義父様、気をつけてください。どこの女とも知れない人を、家に上げてはいけませんよ」
もともと九条家の大旦那様は美咲を気に入っておらず、沙耶香の言葉はまさにその胸中を言い当てていた。
大旦那様は不機嫌そうに鼻を鳴らした。「何が若奥様だ!」
自分があの女の立場を認めたとでもいうのか。
「大旦那様、失言いたしました。高橋様と若旦那様がお戻りです」使用人は怯え、急いで謝って言い直した。
使用人は美咲をどう呼べばよいのか分からず、若奥様と呼んだだけだった。それが大旦那様の機嫌を損ねるとは思いもせず、謝ったあとは、もう一言も口にしようとしなかった。
九条凛は苛立たしげに九条沙耶香を睨んだ。いったいどういうつもりなの?
美咲は悪い女なんかじゃない。
沙耶香と九条悠真だってろくな人間ではないくせに、よくもこんなふうに美咲を見下せたものだ。
気の強い凛は、もともと言い返すつもりだった。
しかし、それをすれば確実に大げんかになる。少し考え、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
九条芽衣は美咲と九条蓮が帰ってきたと聞くと、わずかに目を曇らせた。
そして不思議そうに尋ねた。「お祖父様、高橋さんと蓮お兄様は夕食を食べに戻ってきたの? 今日は随分にぎやかね。みんな偶然、同じ日に帰ってきたみたい」
普段の九条家本邸には、ほかの人などほとんどいない。
だが九条家の集まりなら、どうして何の知らせもなかったのだろう。
九条家の大旦那様は唇を引き結んだ。美咲が将来のひ孫をきちんと世話できないのではと心配し、蓮に命じて美咲を九条家本邸へ連れ戻し、ここで暮らさせることにしたとは、あまり認めたくなかった。
隣にいた九条家の大奥様が笑顔で言った。「美咲さんは最近、妊娠したでしょう? お祖父様と私は、近くに住んでもらったほうが世話をしやすいと思って、二人に九条家本邸へ戻ってきてもらったのよ」
大奥様がそう言い終えると、その場にいた全員が驚いた。
九条家の叔父たちの胸には警戒心が湧き上がった。蓮は誰にも知らせず結婚し、そのうえこんなにも早く子供までできた。将来の九条家の資産を考えれば、蓮にとって極めて有利だ。
何しろ、一人増えれば相続する人間も一人増える。
九条家の大旦那様がどれほど蓮をかわいがっているかを考えれば、なおさら言うまでもない。
You might also like




