Chapter 696
後ろめたい人ほど怯える
高橋正人の言葉を聞き、高橋美咲の胸の奥で何かが揺れた。
目の奥がわずかに熱く、痛んだ。父親としての正人は、実のところ及第点ではあった。ただ、いくつか過ちを犯しただけだ。
「分かった」
美咲はすぐに感情を抑え、ドアを開けて部屋を出た。
ダイニングでは、高橋彩花と高橋花が身を寄せ合い、ときどき書斎のほうをうかがっていた。
「お母さん、あの女、美咲はまたお父さんに何を話しに行ったの? 高橋グループを奪うつもりじゃないでしょうね?」
彩花の目には不安が浮かんでいた。美咲が正人に何を言うのか見当もつかず、説得されて高橋グループでの自分の立場に影響が出るのも怖かった。
花は目を細め、歯ぎしりするように言った。「あの女、あなたを高橋グループから追い出そうとしてるんじゃないでしょうね?」
美咲にはまだそこまでの力はなく、すでに九条蓮にも捨てられたというのに、二人は彼女がこのまま引き下がるとは思えなかった。美咲はずっと、母親を奪った花を恨んでいたからだ。
美咲が出てきたとき、耳に入ったのはまさに花のその言葉だった。
美咲は心の中で冷笑せずにはいられなかった。日頃から後ろめたいことをしていなければ、夜中に幽霊が戸を叩いても怖くはない。
後ろめたさが大きすぎる人間は、ほんの少しの物音にも怯えてしまうものだ。
残念ながら、二人の期待は外れることになる。
今の美咲には、まだ二人を追い出す力はない。だが焦る必要もなかった。高橋グループで足場を固めたら、必ず二人に対抗する方法を見つけるつもりだった。
正人の話を聞いたあと、美咲は出ていく際にも大して荷物を持たなかった。
簡単な着替えを数組だけ手にし、身軽なまま家を出た。
その頃には、蓮が手配した車がすでに外へ到着していた。
九条家の大旦那様から、まだ美咲との関係を公にするなと言われていたため、蓮は自ら迎えには来なかった。真壁直人を寄こすことさえ避け、誰も見たことがなく、素性も知られていない別の秘書を迎えに向かわせた。
花と彩花はカーテンの陰に隠れ、美咲が見知らぬ男に迎えられるのを眺めながら、しきりに呟いていた。「あの男は誰? 九条蓮に捨てられたあと、美咲はもう別の男と付き合い始めたのかしら?」
二人はどれだけ考えても答えが分からず、とうとう花は美咲のことを調べると決めた。
しばらくして、美咲を乗せた車はゆっくりと九条家本邸へ入っていった。
今日の九条家のリビングには、いつにも増して大勢の人がいた。九条悠真がつい先日大阪から戻ったため、九条智久が義理の娘である九条沙耶香と悠真を連れ、九条家の大旦那様へ挨拶に来ていたのだ。
思いがけず、そこには五男の九条徹と九条芽衣まで来ていた。
芽衣は九条家の大旦那様の五男である徹の娘で、つい最近、海外から帰ってきたばかりだった。
今では九条家のほかの者たちも皆それぞれ外に家を構え、暇なときや集まりがあるときにだけ九条家本邸へ戻ってくる。
今日のような日が、まさにそうだった。
九条凛も偶然、今日ここに来ていた。蓮と美咲が九条家本邸へ戻るため、わざわざ味方をしに来たのだが、こんな場面に出くわすとは思っていなかった。悠真を目にすると、凛の目尻はひときわ引きつった。
因縁の相手とは、どこまでも縁が切れないものだ。
だが悠真と蓮の立場を考えれば、今後も九条家で顔を合わせることはあるだろう。避けようがなかった。
幸い、今では美咲と兄の仲はとてもよかった。悠真のせいで二人の絆が揺らぐ心配はない。
それでも、九条家の大旦那様を取り囲む大勢の人々を見て、凛はきつく眉を寄せずにはいられなかった。最近の九条家は、穏やかでは済まない気がした。
You might also like




