Chapter 692
これからは立場をわきまえろ
森川茉莉は目を赤くし、高橋美咲の手を握った。その顔には別れを惜しむ気持ちがあふれていた。
そんな彼女を見て、高橋美咲は思わず笑った。優しい声で言った。「もう二度と戻ってこないみたいに言わないで。今は高橋グループへ戻って働くことになったから、これからはそちらが仕事の中心になるだけ。ここだって、放り出したりはしないわ」
高橋美咲の言葉を聞き、森川茉莉は少し照れくさそうに笑った。
ただ少し、感傷的になっていただけだった。
相沢紫苑は森川茉莉の肩を叩いて言った。「ほら、これからは私たちが高橋マネージャーのために、ここをもっとしっかり見ていかないと」
高橋美咲は時刻を確認した。「もう時間ね。先に中へ入るわ。二人とも元気で。何かあったら、忘れずに電話してね」
機内アナウンスが流れ、飛行機はゆっくりと離陸した。
高橋美咲は窓際の席に座り、外の景色を眺めながら、その目にかすかな感慨を浮かべていた。
もともと東京へ来たきっかけは九条悠真だった。それでも今では、ほかにも思いがけないものを手に入れ、生涯をともにする男まで見つけた。これも一つの幸運ではないだろうか。
長い時間が過ぎ、飛行機は関西国際空港へ着陸した。
高橋美咲は荷物を受け取ると、スーツケースを引いて外へ向かった。到着ロビーへ出たところで、見慣れた人影——九条蓮を見つけた。
彼は到着口で待っていた。
九条蓮の背が高くすらりとした姿は、人混みの中でもひときわ目立ち、周囲の人々からいくつもの視線を集めていた。高橋美咲も一目で彼を見つけ、驚きの表情を浮かべた。
数秒間立ち尽くしたあと、彼女はスーツケースを引いて九条蓮のもとへ駆け出した。
そのとき、突然一人の男が横から現れ、彼女の手首をつかんだ。
高橋美咲は驚き、慌てて振り向いた。まさか、こんなにも意外な人物がいるとは思わなかった。彼女をつかんだのは、九条悠真だった!
どうして九条悠真はまた付きまとい、こんな場所にまで現れたの?
高橋美咲の表情は一気に曇った。そして、もう一度九条蓮の方を見ると、彼はすでにこちらを見ていた。
九条蓮は冷たい表情で歩み寄り、高橋美咲を自分の側へ引き寄せた。次の瞬間、彼女は再び九条蓮の腕の中に収まり、全身を安心感に包まれた。そのとき初めて、高橋美咲の張り詰めた気持ちが緩んだ。
「二度と彼女に触るな」九条蓮は冷たく警告した。
目の前の九条蓮を見つめ、九条悠真の目には暗い影が集まり、恨みと不服の念が激しく渦巻いた。
だが九条蓮は、これまで一度も九条悠真を相手にする価値があると思ったことはない。身分も地位も、九条悠真はまったく彼に及ばなかった。
今まで徹底的に始末しなかったのは、二人が同じ九条姓を名乗っていることに配慮したからにすぎない。
まさか、それがこれほど大きな火種となり、九条悠真に高橋美咲を付きまとわせることになるとは思わなかった。
高橋美咲が九条蓮に奪い返されるのを見て、九条悠真は拳を強く握り、胸の内の感情を必死に抑え込んだ。
「美咲と俺は……」
彼が言い終える前に、九条蓮が遮った。冷笑して言った。「九条悠真、美咲は今やお前の叔母だ。これからは立場をわきまえ、してはいけないことをするな」
そのたった一つの立場だけで、九条悠真を押し潰すには十分だった。
たとえ過去のことを持ち出しても、自分の行いがまったく正当性を欠き、道理に反していると見せつけるだけだ!
「美咲、行こう」九条蓮は高橋美咲の手からスーツケースを受け取り、彼女を連れて背を向けた。
九条悠真は立ち去る二人の背中を見つめ、目に暗い光を浮かべた。拳を握ったまま、長い時間が経ってからようやくその場を離れた。
You might also like




