Chapter 684
黒い心の白蓮
高橋美咲は、二人の間にあるのは九条蓮の母親の問題だけだと思っていた。だが、最初の信頼の試練がこんなにも惨めな形で終わるとは思いもしなかった。
実際、九条蓮の立場からすれば、彼が悪いとは言い切れない。九条芽衣は実の家族であり、自分はたまたま籍を入れただけの妻に過ぎないのだから。
考えてみれば、彼らが本当の家族で、自分はただの部外者だ。
九条蓮に守ってもらう権利なんて、自分にはないのかもしれない。
考えれば考えるほど高橋美咲の気持ちは沈んでいき、今はとにかくこの場所から一刻も早く離れたい、それだけだった。
それを見た九条蓮は、慌てて手を伸ばして引き止めようとした。目にはどうしようもない戸惑いが浮かんでいる。「美咲、行かないでくれ。」
高橋美咲は、九条蓮が自分を連れ戻して謝らせようとしているのだと思った。彼女はもともと負けず嫌いで、絶対に自分の非を認めるつもりはなかった。
すぐに九条蓮の手をかわした。高橋美咲の強い拒絶の態度に、九条蓮の心は沈んだ。
本当は高橋美咲に説明したかったのに、高橋美咲は自分の感情にとらわれて、何も聞こうとしない。
「私は戻らないから、その話はもうやめて。」
「無理に戻れとは言わない。出て行きたいなら、俺が家まで送るよ。」九条蓮は静かに言った。
高橋美咲は最初こそ怒っていたが、九条蓮のどうしようもない表情を見て、自分も少しやりすぎたと気づいた。怒りの原因は九条蓮が信じてくれなかったことだが、本当の元凶は九条芽衣にある。
結局、高橋美咲は小さくうなずいて「……分かった」と答えた。
九条蓮は高橋美咲の手を取り、九条家本邸を後にした。
……
その頃、九条家のリビングでは——
九条家の大旦那様は険しい表情で「蓮はどこだ?」と尋ねた。
九条蓮が高橋美咲を追いかけて出て行った瞬間、すぐに使用人を後を追わせていた。あんな女にもう用はないが、九条蓮まで連れて行かれるのは許せなかったのだ。
使用人は九条家の大旦那様のそばで震えながら答えた。「旦那様、若旦那様は……高橋さんと一緒に出て行かれました……」
結局、九条蓮は出て行ってしまい、九条家の大旦那様の顔色はさらに険しくなった。
九条芽衣はそれを聞くと、そっと目を伏せ、陰鬱な表情を浮かべた。
一方、九条凛は少しほっとした様子だった。兄はやっぱり期待を裏切らなかった。もし本当に高橋美咲を一人で帰らせていたら、きっと失望していただろう。
「あー、お腹すいた。ご飯にしましょう。」
九条蓮と高橋美咲は家に戻った。美咲は中に入ると、そのまま真っ直ぐ寝室へと向かった。
あからさまに避けられているのを見て、蓮の目が陰る。
美咲が不機嫌なのは明らかだった。彼女は蓮と話したくなかった。
蓮は美咲の後を追って二階へ上がった。美咲が寝室のドアを閉めようとした瞬間、蓮は片手でそれを止めた。ドア口に立つ蓮を見て、美咲は目を伏せて「ちょっと疲れたから休みたいの」と言った。
「美咲、そんなふうにしないで」
美咲は蓮を見上げた。「それ、どういう意味?」
別に駄々をこねているわけじゃない。ひとりでこっそり落ち込むことすら許されないの?
蓮を責められないからこそ、自分の気持ちを整理したかったのに。なのに今こうして追いかけてこられて、まるで自分が本当に九条芽衣を水に突き落としたと認めない限り、解放してもらえないみたいだった。
「怒ってるの?」
「怒ってないよ」美咲は真剣な顔で言った。
怒ってはいない。ただ、少しだけ理不尽に感じていた。
美咲の沈んだ表情を見て、蓮は胸に針を刺されたような痛みを覚えた。彼は一歩近づき、美咲をそっと抱きしめて優しく言った。「君が九条芽衣を水に突き落としたなんて信じてない。ただ、ちゃんと真相を知りたかっただけなんだ。君たち二人が何も理由なく揉めるはずがないから」
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