Chapter 655
君を連れて行きたい場所がある
高橋美咲は九条蓮をしばらく見つめ、どこか悩んでいるように感じた。しかし九条蓮は話し終えると手元のスマートフォンに視線を落とし、高橋美咲もそれ以上は何も聞けず、疑問を胸にしまい込んだ。
二人はそれぞれ思いを巡らせながら朝食を終えた。
九条蓮は高橋美咲を車に乗せ、軽井沢の郊外へと向かった。高橋美咲がここに来たのは、以前、九条家の大旦那様の誕生日パーティーに出席したとき以来だった。ここは九条家の所有地で、療養所や別荘、病院などがあることを思い出す。
あの頃は、まだ九条蓮の正体を知らなかった。自分を騙していたことを思い出すと、高橋美咲はまた彼を捕まえて一発殴ってやりたくなった。あんな嘘つきに、ずっと騙されていたなんて。
車窓から見える穏やかな景色に、高橋美咲の心も少し和らいだ。
ここに湿地の別荘を建てた理由がわかる気がした。本当に療養にぴったりの場所だ。ふと「ここって、お祖父様とお祖母様が老後を考えていた場所なの?あの時、みんなで私に嘘をついてたよね」と尋ねた。
「うん、二人だけじゃない」
「他にも?」高橋美咲は一瞬きょとんとしたが、ふと九条家の大奥様が「家には植物状態の人もいる」と言っていたのを思い出した。
「そういえば、お祖母様が九条家には植物状態の人がいるって言ってた。まさか、その人に会わせるつもり?」と興味津々で聞いた。
九条蓮が急に九条家の患者に会わせようとするのは少し不思議だったが、高橋美咲は特に反対しなかった。
九条家の身内なら、別に構わないと思ったのだ。
「うん。僕の四叔父、九条久遠だ」
九条蓮の胸には苦い思いがこみ上げていた。もうすぐ真実を知った高橋美咲がどんな顔をするのか、想像もつかなかった。
そんな会話をしているうちに、真っ白で清潔な建物に到着した。
建物は緑豊かな森の中に佇み、まるでオアシスに忘れられた真珠のようだった。高橋美咲は突然、理由もなく胸がざわつくのを感じた。その感覚は不思議で、なぜなのか自分でもわからなかった。
九条蓮は高橋美咲を連れてエレベーターで上階へ向かった。
きっと事前に手配されていたのだろう、何の障害もなくスムーズに上がることができた。
高橋美咲は九条蓮の方を振り返った。彼の顔はいつも以上に冷たく、無表情に見えた。この場所の雰囲気のせいか、二人の感情まで張り詰めてしまうようだった。
何か声をかけて慰めたかったが、どう言えばいいのかわからなかった。
自分の母も植物状態であるため、高橋美咲にはこの痛みがよくわかった。患者の世話は簡単なことではない。
あっという間に、二人は病室の前にたどり着いた。
九条蓮がドアを開けて中に入る。
病室はそれほど広くはなかったが、白く清潔感があり、中央のベッドには静かに男性が横たわっていた。その顔立ちは九条蓮によく似ていて、特に眉や目元がそっくりだった。
高橋美咲は、九条家は本当に遺伝子がいいんだなと心の中で感心した。みんな美形ばかりだ。
九条蓮は九条久遠のそばに歩み寄り、高橋美咲もすぐ隣に立った。
九条蓮は動かない九条久遠を見下ろし、低く深い声で「四叔父さん、蓮です。会いに来ました」と語りかけた。
九条蓮の言葉を聞いて、高橋美咲も素直に「四叔父さん」と挨拶した。
九条蓮はしばらく黙った後、「美咲は高橋家の人間で、高橋恵の娘です」と続けた。
九条蓮の言葉に、高橋美咲は驚いて彼を見た。なぜわざわざそんな紹介の仕方をするのか分からなかった。普通なら妻だと紹介するはずなのに。
高橋美咲の戸惑いを察した九条蓮は、彼女の方を見つめた。
その視線は複雑な感情を湛えた黒い瞳だった。
しばらくの沈黙の後、九条蓮はかすれた声でようやく言った。「美咲、君のお母さんは、僕の四叔父と同じ交通事故に遭ったんだ」
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