Chapter 620
婚姻届、出しに行こうか
なぜか、これまで神谷海斗と向き合っても気まずさはなかったし、特別な感情もなかったのに、今日二人が見合いだと知った途端、言い表せない微妙な気まずさが胸に湧いてきた。
顔を上げて神谷海斗を見ることもできず、全身が落ち着かなかった。
神谷海斗は九条凛に視線を落とし、何気なく言った。「さっき森岡千隼を見かけた気がする。」
九条凛はため息をついた。「うん、さっき元カノと食事に来てたの。まさか鉢合わせるとは思わなかったし、ちょっとからかわれちゃった。」
九条凛の目の赤みがまだ引いていないのを見て、神谷海斗の表情がわずかに曇った。
今はもう森岡千隼の話をしたくなかった九条凛は、笑顔を作って尋ねた。「海斗お兄ちゃんが見合いに来るなんて、どうして?私、別の人だと思ってたから、まさかあなたが来るなんて思わなかった。」
九条凛は徐々に緊張がほぐれてきた。神谷海斗なら顔見知りだし、知らない人と見合いするよりずっと気が楽だった。
神谷海斗は淡々と言った。「家族から結婚を急かされてるんだ。今どき男女が一番早く関係を決めるのは見合いだろう。君さえ問題なければ、このまま婚姻届を出しに行こうか。どう思う?」
「ぶっ!!!」
九条凛は飲み物を口にしたばかりだったが、神谷海斗のあまりに衝撃的な一言に、思わず全部吹き出してしまった。
「ご、ごめん。」九条凛は顔を真っ赤にしてしばらく咳き込み、ようやく落ち着いた。
驚きで神谷海斗を見つめ、「か、海斗お兄ちゃん、冗談やめてよ。本気なの?」と口ごもった。
だが神谷海斗は真剣そのものだった。穏やかに言う。「家柄も釣り合ってるし、僕は素行も悪くない。君にとっても悪くない話だと思うけど、不安なことがあれば言ってほしい。」
「全然、全然ないよ!」九条凛は慌てて答えたが、心の中では思わずツッコミを入れていた。
もし本当に神谷海斗と見合いできるなら、まさに大当たりじゃないか!
損どころか、夜中に思い出して笑いが止まらなくなりそう。でも、なんだか現実味がないのはなぜ?
神谷海斗がこんなに急いで結婚したがるのは、本当に家族のプレッシャーだけ?
九条凛はつい他の理由を疑ってしまう。神谷海斗にさりげなく視線を走らせる。もしかして、体に何か問題でも?
九条凛が強く反対しないのを見て、神谷海斗の表情が少し和らいだ。口元に微笑みを浮かべて言う。「九条ホールディングスの年末パーティーがあるんだ。取引先もたくさん招待されるし、神谷グループも深い協力関係だから、うちも招待されてる。」
少し間を置いて、「同伴者は配偶者もOKだ」と付け加えた。
そう言って神谷海斗は九条凛を見つめ、返事をじっと待った。
九条凛はすぐにピンときた。
つまり今結婚すれば、九条家のお嬢様としてだけでなく、神谷海斗という超優秀な男性を連れて年末パーティーに出席できる。森岡千隼を思いきり見返せるというわけだ。
森岡千隼が付き合っている女性も、九条ホールディングスと取引のある家の娘だ。
もちろん、九条家のお嬢様として出席するだけでも十分見返せるけど、さっきあの女に「彼氏もいない」とバカにされたばかり。ここに神谷海斗という完璧な男性が加われば、屈辱も倍返しできる。
神谷海斗の提案は本当に悪くない。九条凛はほとんど即決だった。
でも、きちんと約束した。
「海斗お兄ちゃん、安心して!私、絶対に迷惑かけないし、神谷家のご家族への対応もちゃんとする。パーティーの時は一緒に出席して、もし本当に好きな人ができたら、私の方から身を引くから。絶対にしつこくしないよ!」
「……」神谷海斗は一瞬目を伏せ、静かにうなずいた。
食事を終えると、神谷海斗は九条凛を車で九条家本邸まで送り、身分証を取りに行った。
九条夫妻は二人がこんなに早く意気投合するとは思っていなかったが、喜んで身分証を渡してくれた。
You might also like




