Chapter 6
婚姻届は偽物じゃない(続き)
「家族が見ているからって、私の決定を勝手に下さないで。」
「同意する。」
「祖父に出会いを聞かれても、都合のいい物語にしないで。」
「じゃあ、どんな話にする?」
美咲は考えた。用意した答えはなかった。ただ、母の承認を待つ現実と、壊れた婚約と、人生をまた変えかねないドアの前に静かに立つ男がいるだけだった。
「今夜ここにいることを自分で選んだ。それだけでいい。」
初めて、彼の表情に名付けられない何かが浮かんだ。敬意かもしれないし、共感かもしれない。
「わかった。」
「そして終わったら、すぐに婚姻無効の手続きをする。」
彼は一瞬、間を置いた。美咲はその沈黙に気づいた。
「書類が許せば、すぐに。」
「それは答えじゃない。」
「正直な答えだ。」
チャイムが鳴った。
どちらも動かなかった。音は家中に響き、一度、そしてもう一度、静かに、確かに。
「あなたの祖父ね。」
「ああ。」
「何を望んでるの?」
男は玄関へ向かい、ドアノブに手をかけて立ち止まった。
「俺が従う人間かどうか、確かめに来た。」
美咲はテーブルの婚姻届受理証明書を見下ろした。自分の署名の隣に、九条蓮の名前がある。
「あなたは従うの?」
彼の手はドアノブにかかったままだった。
「それは——君が俺の妻を演じる気があるかどうか、次第だ。」
九条蓮がドアを開けようとしたその瞬間、高橋美咲は彼の手首を掴んだ。テーブルの上の婚姻届受理証明書が、すでに彼女の人生を決めてしまった。次の決断まで玄関先で下されるわけにはいかなかった。
「このドアを開けてあなたの隣に立つなら、先に三つだけ約束してほしいことがあるの。」
五分後、高橋美咲の手には一枚の合意書が渡されていた。
九条蓮は彼女の正面に座り、余裕のある優雅な雰囲気を纏いながら、高橋美咲が合意書を読み終えるのを静かに待っていた。
高橋美咲は一つ一つの条項に目を通しながら、眉間にしわを寄せていった。
ついに彼女はある条項を指差して尋ねた。「必要な時は妻の務めを果たすこと、ってどういう意味?」
それって、つまり法的に彼と寝てもいいってこと?
九条蓮は鋭い眼差しで高橋美咲を見つめ、落ち着いた口調で言った。「そのままの意味だ。君には九条家の妻としての務めを果たしてもらう。」
祖父が直接来るか、誰かを寄越して様子を見に来るかもしれない。たとえ形だけの結婚でも、高橋美咲には妻としての役割を果たし、祖父への対応を手伝ってもらう必要があった。
九条蓮の説明を聞いて、高橋美咲は自分の予想が当たっていたと感じた。
この男は本当に、婚姻届受理証明書を口実に自分と寝るつもりなんだ!
家の事情もあり、心理的な理由もあって、高橋美咲は九条悠真と「結婚してからしか体の関係は持たない」と約束していた。
今目の前にいるこの男とは、まだろくに知り合いでもない。今日が初対面なのに、いきなりそんな関係になるなんて、いくらなんでも早すぎる。とても受け入れられなかった。
高橋美咲は急に怖くなり、逃げ出したい衝動に駆られた。
彼女は合意書をテーブルに置いた。「や、やっぱりやめましょう。明日区役所に行って、このふざけた結婚を取り消しましょう。」
誰か他の人に九条蓮のふりをしてもらうことだって、不可能じゃないはず。
「どうして?」九条蓮が尋ねた。
「だって、私たちお互いのこと何も知らないし、感情もないのに結婚なんて、あまりにも唐突すぎます。」高橋美咲は思いつく限りの言い訳を並べた。
本当は、自分の正体がバレるのが怖かっただけだった。
九条蓮は落ち着いたまま、静かに説得を続けた。「感情がなくても結婚する夫婦はたくさんいる。気持ちはこれから作ればいい。」
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