Chapter 582
歩兵を犠牲にして王を守るかもしれない
「もう高橋美咲は柳小路と競う必要もないんじゃない?九条インターナショナルから出て行けばいいのに」
「ほんとそれ。あんな女、地位のためなら何でもやるんでしょ?どうせ男たちに回されてるんだろうし。気持ち悪い」
森川茉莉と相沢紫苑は、周囲の人たちがこんな醜いことを言っているのを見て、怒りと不安で目を赤くしていた。
相沢紫苑は言った。「高橋部長、私が高橋グループに行って、当時の本当のことを知ってる人たちに全部説明してもらいましょうか?こんな理不尽な目に遭わせるわけにはいきません」
相沢紫苑も当時のことを知っていた。彼女は一部始終を見ていて、柳小路が言っていることが事実ではないと分かっていた。
高橋美咲はそっと首を振った。「必要ないわ。今は高橋グループは高橋彩花が仕切ってる。こんな千載一遇のチャンス、彼女が真実を明かす機会を与えると思う?むしろ、ここぞとばかりに私を踏みつけてくるかもしれない」
高橋美咲は、義妹の高橋彩花が自分をどれほど嫌っているか、痛いほど分かっていた。最初から期待などしていなかった。
相沢紫苑は焦ったように言った。「じゃあ、どうすればいいの?このまま柳小路に好き勝手言わせておくの?」
森川茉莉も言った。「柳小路は今、明らかに美咲さんを狙い撃ちしてる。最初に高橋グループの話が漏れたのも、きっと今回のための布石だったんじゃないかな。ここが本番って感じ。もしうまく対処できなかったら、メゾン・ヴェルヌの評判にも大きな影響が出るよ。業界中に噂が広まったら、今後うちに入りたい人もいなくなるかも……」
高橋美咲はしばらく黙り込んだ。森川茉莉の心配はもっともだった。
すでに森川茉莉に何人かデザイナーを採用してもらってはいたが、まだまだ人手が足りなかった。他の職種の採用もこれからだった。この件の影響はあまりにも大きい。
高橋美咲は長いこと考え込んだ末、「まだ慌てないで。最善の方法をじっくり考えてみる」と言った。
本当は、岩瀬一真に出てきてもらって説明してもらうのが一番早いのだが、昨夜送られてきた彼のメッセージを思い出すと、高橋美咲はどうしても嫌悪感が拭えなかった。
その時、不意に高橋美咲のスマートフォンが鳴り、思考が現実に引き戻された。
画面を見ると、九条蓮からの着信だった。
きっとこの件を知ったのだろう。
高橋美咲はオフィスに入り、画面をスワイプして通話に出た。「何?」
「怖がらなくていい」
通話がつながると同時に、九条蓮の低くて心地よい声が響いた。最初の三言が、まるで大きな岩が心に落ち着くようだった。
高橋美咲は一瞬固まり、スマートフォンを握る手に力が入った。周りの人は皆「どうするの?」と聞いてきたのに、九条蓮だけが「怖がらなくていい」と言ってくれた。
彼は、まず疑うのではなく、真っ先に自分を安心させてくれた。それが、彼が自分を信じてくれている証拠だった。
九条蓮は本当に……
胸の奥にふわりと温かいものが広がり、全身にじんわりと安心感が満ちていくようだった。
高橋美咲は口元に微笑みを浮かべ、そっと「うん、怖くないよ」と答えた。
九条蓮が次に言ったのは、「この件は俺に任せて」だった。
「巻き込まれたら大変だから、あなたは関わらないで。まずは自分で何とかしてみる」
高橋美咲は少し間を置き、最悪の事態も覚悟していた。「もし本当にどうにもならなかったら……」
もしかしたら、自分が犠牲になってでも九条蓮を守ることになるかもしれない。
感情が表に出て九条蓮を余計に心配させたくなくて、高橋美咲はすぐに「じゃあ、仕事に戻って。私もやることがたくさんあるから、今日はこれで」と言った。
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