Chapter 564
いい子と結婚した
ふと思い出したように高橋美咲が尋ねた。「あ、そうだ、ご両親の住んでるところって家高い?もしそんなに高くなければ、近くに買うのもいいかも。そうすれば日常的にお世話もしやすいし。」
九条蓮は一瞬、言葉に詰まった。
普通の女の子なら年配の家族と近くに住むのを嫌がるものだが、高橋美咲は自分から両親の近くに住もうと言い出してくれた。
実際、両親はまだまだ元気で、特に世話が必要なわけではない。
高橋美咲はただ自分のことを思いやって、色々考えてくれているのだ。
ちょうどその時、車はマンションの駐車場に戻ってきた。九条蓮が車を停めると、「もし両親が、こんなふうに気遣ってくれるお嫁さんがいるって知ったら、きっと感激するよ」と言った。
高橋美咲は口元に微笑みを浮かべた。九条蓮が気にしていないようで、ほっと胸をなでおろした。
九条蓮は話題を変えて、「でも家のことは心配しなくていいよ。家を買うのは男の役目だし、美咲は俺に任せて。そんなに無理しなくていい」と言った。
その言葉を聞いて、高橋美咲は思わず言葉を失った。
高橋家を出てからというもの、ずっと自分の力だけで生きてきた。どんな苦労も黙って飲み込んで、叔父や叔母に心配をかけるわけにもいかず、誰にもこんなふうに言われたことはなかった。
「蓮、あなたって本当に優しいね。」
高橋美咲が自分から初めてそう呼んでくれたのを、九条蓮は聞いた。まるで天にも昇るような心地で、胸の奥がじんわりと温かくなり、彼女を見る目もさらに優しくなった。
高橋美咲は彼の大きな手をぎゅっと握り、まっすぐな目で「これからは二人でお金を貯めて家を買おう。蓮だけに苦労はさせないから」と言った。
そんな高橋美咲の真っ直ぐな思いに、九条蓮は一瞬、何も言えなくなった。
結局、彼はただ彼女の頭をそっと撫でることしかできなかった。
自分は、本当にいい子と結婚したのだと思った。
翌日、メゾン・ヴェルヌのデザイン部。
今日も人数は3人だけだった。相沢紫苑はこの環境にもすっかり慣れ、順応してきており、デザインのインスピレーションもたくさん湧いていた。1日が終わる頃には、かなり多くのデザインを仕上げていた。
それを見て、高橋美咲は相沢紫苑を迎え入れて正解だったと感じた。
昨夜、九条蓮と家を買う計画を決めたばかりなので、自分ももっと頑張らなければと思っていた。少なくとも、佐伯葉月にはこのコンペで勝って、立場をより確かなものにしたい。
だから高橋美咲もすぐに仕事に没頭した。
忙しくしているうちに、あっという間に1日が過ぎた。
退勤時間になると、相沢紫苑が少し気まずそうに高橋美咲のもとへやってきて、「高橋部長、今晩お時間ありますか?」と声をかけた。
「ん?」と高橋美咲は不思議そうに顔を上げた。
相沢紫苑は少し緊張しながら、「この間いろいろ助けていただいたお礼に、今晩うちでご飯をご馳走したいんです。もし高橋部長がいなかったら、今もまだ借金取りが家に来ていたか、もうどこかに連れて行かれていたかもしれません」と言った。
道徳心のない人間に捕まったらどんな結末が待っているか、想像に難くない。
少し考えてから、相沢紫苑は「ご主人もご一緒にどうぞ」と付け加えた。
高橋美咲は、もし自分だけが相沢紫苑の家で食事をしたら、九条蓮が一人で夕食を取ることになるのではと心配していた。これならちょうどいい、一緒に連れて行けばいい。
「じゃあ、ちょっと待ってて。先に彼に電話するから」
高橋美咲は会議室に入り、九条蓮の番号に電話をかけた。
数回コールしただけですぐに電話がつながり、九条蓮の低くて心地よい声が耳元に響いた。「美咲、どうした?」
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