Chapter 53
また寝相が悪い
もう一度念を押した。「起きてる?手が下敷きなんだけど」
「まだ。」男のかすれた声が返ってきた。
「……」
明らかに起きてるのに、まだ寝たふり?わざとやってるの?
高橋美咲は体の半分がしびれてきて、横にずれて抜け出そうとした。
すると、動いた瞬間、男が彼女の腰をがっしり抱き寄せた。
「動くな。誘惑してるのか?」声はさらに低く、抑えきれない苛立ちがにじむ。
高橋美咲は全身が固まり、頭が真っ白になった。
え……今なんて言った?
高橋美咲は混乱しながら、思わず「き、君って男が好きじゃないの?」と聞いてしまった。
「女だ!」九条蓮は歯を食いしばるように答えた。
普段は自制心が強いはずなのに、高橋美咲の前ではなぜかすべてが崩れてしまう。この女に何度も理性の限界まで追い詰められてきた。
本来は祖父対策のための勢いだけのスピード婚だったはずなのに。
病院で妊娠していないと知った時は正直ほっとしたし、彼女ももう九条悠真のことは好きじゃないと言っていた。
考えれば考えるほど体が熱くなり、頭の中の雑念を必死に振り払うしかなかった。
さっき「女だ」と言われた瞬間、高橋美咲は完全に固まってしまった。呪文でもかけられたように呆然とし、身動きもできない。
よくよく考えてみれば、九条蓮は最初から一度も「男が好き」とは言っていなかった。
全部自分の思い込みだったのだ。
しかも、彼のカモフラージュを守るために自分が必死になっていたことを思い出し、穴があったら入りたい気分だった。
二人とも黙り込んだまま、気まずい沈黙が流れる。
しばらくして、ようやく九条蓮が体を起こした。すぐにバスルームへ直行する。高橋美咲は彼がドアを閉めるのを見て、全身の力が抜けた。
でも、なんだか逃げるような後ろ姿だった気がする。
九条蓮が再びバスルームから出てきた時には、すっかり冷静で禁欲的な雰囲気に戻っていた。さっきまで理性を失いかけていたのが嘘のようだ。
高橋美咲はすでに朝食の準備をしていた。
片手が使えなくても、パンを温めて卵を焼くくらいなら問題ない。
九条蓮が出てくると、高橋美咲がフライ返しを振り回しているのが目に入り、いつもより動きがぎこちない。
心の中で「バカだな」と呟きながら、長い脚でさっと近づき、フライ返しを取り上げて低い声で言った。「俺がやる。」
「できるの?」
高橋美咲の疑わしげな視線に、九条蓮は以前お皿を割ったことを思い出した。
端正な顔が少し気まずそうになり、軽く咳払いしてフライ返しを置いた。「じゃあ、出前を頼もう。」
「でも……」
「早く治したいんだろ?」
高橋美咲は自分の手を見下ろした。確かにこのままでは不便だし、早く治さないと婚約披露宴で笑われてしまう。
それ以上何も言わなかった。
九条蓮は真壁直人に電話して、出前の手配を頼んだ。
30分後、チャイムが鳴った。高橋美咲がドアを開けると、真壁直人が大きな保温バッグを持ち、出前ブランドの制服を着て立っていた。
真壁直人はにこやかに「高橋さん、ご注文の出前をお持ちしました」と丁寧に言った。
「あ、どうぞ。」高橋美咲はドアを大きく開け、なぜこの配達員が自分と九条蓮の苗字を知っているのか全く気づかなかった。
三人がぞろぞろと部屋に入ってくるのを見て、なんだか違和感を覚えた。今どきの出前ってこんなにサービスいいの?
「ごゆっくりどうぞ。」真壁直人は丁寧に退出した。
ドアが閉まった後、高橋美咲はようやく小声で愚痴をこぼした。「あの配達員、やけに親切だったな。普段は玄関先に置いてすぐ帰るのに、まさか家の中まで運んでくれる人がいるなんて。」
You might also like




