Chapter 51
幸運にも、彼が来てくれた(続き)
九条蓮はうなずいた。
二人は簡単に片付けを済ませ、ベッドに横になった。
高橋美咲は一日中張り詰めていた神経がようやく緩み、どっと疲れが押し寄せてすぐに眠りに落ちた。
夢の中で、高橋美咲は柏木健人がいやらしい笑みを浮かべて自分に襲いかかるのを見た。押さえつけられ、どんなにもがいても逃げられなかった。
恐ろしい悪夢にうなされ、高橋美咲の額にはうっすら汗がにじみ、眉間にしわを寄せ、呼吸も荒くなって、夢の中に閉じ込められたまま目覚められないようだった。
突然、九条蓮の声が耳元で響いた。
「美咲、起きろ」
その声はまるで夜明けの光のように彼女を救い出し、悪夢が一瞬で消え、高橋美咲ははっと目を開けて、息を切らしながら飛び起きた。
「悪い夢でも見たのか?」九条蓮の声が耳元で優しく響いた。
高橋美咲は彼の穏やかな視線を感じて、喉を鳴らし、息を整えながら「柏木健人の夢を見た」とぽつりと答えた。
九条蓮は、柏木健人を一度蹴っただけでは甘すぎたと感じていた。
あんなクズ、生かしておく価値もない。
「怖がるな」その低く優しい声は、心を温めるような響きだった。
高橋美咲は徐々に落ち着きを取り戻した。九条蓮がたった二言かけただけなのに、不思議と安心感が湧いてきた。
実は、柏木健人が主な原因ではなかった。
彼との出来事がきっかけで、幼い頃の影が呼び起こされ、それが悪夢を見る原因になっていたのだ。
もしかしたら、高橋正人が現れたことも関係しているのかもしれない。
高橋美咲はぼんやりと天井を見つめ、ふとした瞬間に記憶が過去へと遡った。
幼い頃は、ずっと自分は幸せだと思っていた。けれど、いつからか父が変わり始めた。家にいないことが多くなり、時にはとても長い間、顔を見ないこともあった。
10歳のとき、家に帰った美咲は偶然、父とあの女が一緒にいるところを目撃してしまった。2人は書斎で裸のまま、あんなことに夢中になっていて……。
母にはとても言えなかった。その日から、美咲は心に傷を抱えるようになった。
その後、母が交通事故で植物状態になり、父はあの女を高橋家に連れてきた。
あの日見た光景はずっと美咲の心に深く刻まれていて、男女の接触に対してもどこか抵抗感を持つようになった。
九条悠真と3年間付き合っていたときも、彼にその話題を出されたことがなかったわけではない。
けれど、美咲はどうしても自分の中の壁を越えることができなかった。
九条蓮は高橋美咲から伝わる悲しみを感じ取り、きっと柏木健人にひどく怯えたのだろうと察した。そして「彼は必ず相応の罰を受ける。もう怖がらなくていい」と優しく声をかけた。
高橋美咲は寝返りを打ち、そっと手を動かして、体が彼に触れないようにした。
外からレースのカーテン越しに月明かりが差し込み、2人のベッドに降り注いでいた。その光が九条蓮の端正な鼻筋や喉仏を照らし、不思議なほど美しい横顔を浮かび上がらせていた。
今日、彼がまるで王子様のように現れてくれたことを思い出し、美咲は今も胸が熱くなった。
「今日は本当にありがとう。すごく頼もしかった」と、心から伝えた。
「当然のことだ」
高橋美咲はその三文字を静かに噛みしめた。こんな素敵な人が女性に興味がないなんて、なんだかもったいない。
九条蓮は孤児なのに、所作の一つ一つが驚くほど紳士的だ。親がいなくても、育ちがとても良いのだろう。どんな両親だったのか、遺伝子が良すぎると美咲は思った。
「九条蓮、あなたのご両親はいつ亡くなったの?」
美咲の問いかけに、九条蓮は彼女を見つめた。好奇心いっぱいの大きな瞳で見上げてきて、答えを知りたがっているのがよく分かる。
九条蓮は軽く咳払いをした。「とても小さい頃だ」
実際には、九条夫妻は世界中を旅行している。九条智久が会社を彼に譲った後、2人は悠々自適な隠居生活を送っていた。
「他に親戚はいるの?」
You might also like




