Chapter 41
高橋美咲は妊娠していなかった
九条蓮の顔が一気に冷たく厳しくなった。「誰だ?」
「柏木健人です。九条インターナショナルの企画部マネージャーです。」
九条蓮はこの人物に全く心当たりがなかった。柏木健人の役職では、自分の近くに来ることもないはずだ。だが、高橋美咲が彼にそこまで恨まれる理由があるのか。
「今どこにいる?」九条蓮は冷たく尋ねた。
真壁直人は、九条蓮が自ら柏木健人を尋問するつもりだと察し、すぐに先導して二人で病院を後にした。
病室の中、高橋美咲の手は分厚いギプスで固定されていた。医者によれば、その方が早く治るらしい。彼女は片手でスマホを取り出し、九条凛に怪我をしたことを伝えようとした。
その時、ノックの音がした。看護師か、あるいは九条蓮が戻ってきたのかと思い、顔も上げずに「どうぞ」と言った。
「美咲。」
聞き慣れた声に、高橋美咲の体が固まった。瞳孔が収縮し、ゆっくりとドアの方を見上げる。
ドアの外には中年の男性が立っていた。仕立ての良いスーツを着こなし、精悍な顔立ちで大人の魅力にあふれている。時の流れも、この男の顔にはほとんど痕跡を残していなかった。
その瞳には優しさが宿り、心配そうに彼女を見つめている。
その顔を見た瞬間、高橋美咲の表情は一気に曇り、冷たい口調で言い放った。「何しに来たの?」
男は部屋に入ってきた。「たまたま東京に来ていて、君が入院したと聞いたから様子を見に来たんだ。」
そう言いながら、男の視線は高橋美咲の腕に向けられ、一瞬だけ痛ましげな表情が浮かんだ。
その目に浮かぶ感情を見て、高橋美咲は皮肉に感じた。
今でも、彼女はこの男が自分と母親を捨てたことを忘れられない。
彼は今や二番目の妻と幸せに暮らし、娘までもうけている。かつての妻と娘のことなど、とうに忘れてしまったのだろう。
今も母は病院のベッドで寝たきりなのに、彼は一度も見舞いに来ていない。
医療費のすべてだって、自分が必死に働いて稼いだお金だ!
そう思うと、彼女の目はますます冷たく鋭くなり、心に壁を作るようにして、よそよそしく「ご心配なく、高橋さん。もう帰ってください。私は大丈夫です」と言った。
高橋正人はため息をつき、どこか苦い表情を浮かべた。
何年経っても美咲が自分を許してくれないとは思わなかった。頑固で真っ直ぐな性格は自分譲りだ。
二人の間のことは、美咲が思っているようなものではない。
だが高橋美咲は彼の説明を聞こうとしなかった。長い間彼に怒りを抱き、大阪にも戻らず、高橋家にも寄りつかず、今は東京にまで来てしまった。
しばらく沈黙した後、高橋正人は静かに「じゃあ帰るよ。何かあったら、いつでも連絡しなさい」と言った。
高橋美咲は気のない返事で「うん」とだけ答えた。
さらに数秒の沈黙の後、高橋正人は部屋を出て行った。
エレベーター前で待っていると、扉が開き、一人の女性が出てきた。
それは桜井奈緒だった。
高橋美咲が病院に運ばれたと聞き、死んでいないか確かめに急いで来たのだ。
エレベーター前に高橋正人がいるのを見て、桜井奈緒は目を見開き、まさかここで会うとは思ってもみなかった。
桜井奈緒は驚いた様子で彼に声をかけた。「高橋おじさん、どうしてここに?」
その声を聞いて、高橋正人は我に返った。
目の前の少女が誰なのか、少し考えてから思い出す。彼女は藤原文香の娘で、かつて自分の家で働いていたメイドの子だ。高橋美咲と同い年で、よく藤原文香と一緒に高橋家に遊びに来ていた。
桜井奈緒は礼儀正しく素直な子で、彼女にはずっと好印象を持っていた。
「古い友人を訪ねに来たんだよ。」高橋正人は穏やかな笑みを浮かべた。
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