Chapter 39
事故発生(続き)
だが誰も高橋美咲の訴えに耳を貸さず、そのままCT室へと運ばれていった。
怒りを胸に秘めた九条蓮は、携帯電話を取り出し、真壁直人の番号を押した。
その声は氷のように冷たく、「今すぐ調べろ。高橋美咲の安全帯と足場に細工した奴を突き止めろ!」と命じた。
高橋美咲の検査結果はすぐに出た。
木の板がクッションになったおかげで、落下の衝撃はそれほど深刻ではなかった。
複数の軟部組織の擦り傷があり、腕は落下の際にひねったことで筋肉を損傷していた。全体的には、不幸中の幸いと言える状態だった。
高橋美咲は車椅子で病室に戻され、医師は家族に患者の容体を説明する必要があった。
廊下には九条蓮が背筋を伸ばして立っていた。スーツの上着を脱ぎ、白いシャツの上二つのボタンを外していて、きれいな鎖骨がのぞいている。広い肩幅と引き締まった腰つきで、通り過ぎる人々の視線を集めていた。
医師は心の中で思わず呟いた。なんて格好いい人なんだろう。あの女性患者が妊娠を偽ってまで彼を繋ぎ止めようとしたのも無理はない。でも、いずれ真実は明らかになる運命だったのだ。
先ほどの検査で、高橋美咲が妊娠していないことが病院側に判明していた。
本来ならこれは患者のプライバシーであり、医師が口を挟む権利はない。しかし、今後の治療方針に関わるため——妊娠しているか否かで薬も変わる——家族に事実を伝えざるを得なかった。
「九条さん、患者さんのご容体についてですが…」
医師は九条蓮に高橋美咲の基本的な状態を説明した。そして少し躊躇した後、「それと、申し上げにくいのですが、高橋さんは妊娠されていません。何か誤解があったのでしょうか?」と続けた。
その言葉に、九条蓮の表情が一気に曇った。
高橋美咲は妊娠していなかったのか?
そんなことは想像もしていなかった。もともと彼女の妊娠は問題だったはずなのに、実は妊娠していなかったと知っても、なぜか素直に喜べなかった。むしろ、高橋美咲に騙されたような気さえしてきた。
「分かりました。」
九条蓮は検査報告書を手に取り、病室へ入った。
応急処置を受けた高橋美咲の手は分厚い包帯で巻かれ、顔色もだいぶ良くなっていた。
しかし体中がまだ痛み、眉をひそめて苦しそうな表情を浮かべていた。
九条蓮がベッドのそばに座ると、高橋美咲はこの男性が自分を病院に運んでくれたことを思い出し、感謝の気持ちで素早く礼を言った。「助けてくれて、ありがとうございます。」
「そんなに九条悠真のことが好きなのか?」と、彼が突然問いかけた。
高橋美咲はきょとんとして彼を見つめ、なぜそんなことを聞かれるのか分からなかった。
思わず答えた。「昔は好きでした…」
九条悠真は、高橋家と揉めていた時に外で出会った男性だった。彼がアプローチしてきた時は優しくて思いやりがあり、何かと気にかけてくれて、その温かさに心を動かされて付き合うことにしたのだった。
かつては九条悠真こそ、一生を託せる相手だと思っていた。
だが桜井奈緒と九条悠真が一緒にいる場面を目撃したことを思い出し、その時の温もりは一瞬で消え去った。高橋美咲は九条蓮を見上げ、きっぱりと言った。「もう好きじゃありません。」
もう好きじゃない——
高橋美咲が九条悠真をもう好きではないと言ったことで、九条蓮の苛立ちは不思議と和らぎ始めた。
固く寄せていた眉が緩み、冷たい表情のまま「嘘だ。好きじゃないなら、なぜ妊娠を装ってまで彼に会いに行った?責任を取らせたかったんじゃないのか?」と口にした。
高橋美咲は呆然とした。
ちょっと待って、もしかして自分と九条蓮の間に何か誤解がある?
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