Chapter 369
美咲、戻ってきてくれる?
最近、高橋正人は以前よりもずっと優しく接してくれているが、過去に受けた傷はあまりにも深く、簡単には許せそうになかった。
少し間を置いて、美咲はため息をつき、「お父さんは?」と尋ねた。
「もう大阪に戻ったよ。」
「そっか。」美咲はほっと息をついた。
もし高橋正人がまだここにいたら、どう接していいか分からなかっただろう。
美咲は静かに「帰ろう」と言った。
九条蓮は何も言わず、車を発進させて美咲を相沢翔の一戸建てまで送り届けた。
その帰り道、九条凛から電話がかかってきた。
美咲は電話に出て「凛」と呼びかけた。
「わあ!美咲、ニュース見たよ。あの桜井奈緒って女、まさかの大失態じゃん!めっちゃスカッとした!これで九条悠真が本当に彼女と結婚するか見ものだよ。私も現場で見たかったなあ……」
美咲が何か言う前に、九条凛は一方的にまくし立てた。
美咲は口元に微笑みを浮かべて「彼が誰と結婚しようが、私には関係ないよ」と返した。
「そりゃそうだよ。だってもう美咲には……」九条凛は「兄」と言いかけて、まだ美咲が九条蓮の正体を知らないことを思い出し、慌てて言い直した。「……うちの運転手がいるもんね。九条悠真なんてどうでもいいよ。美咲、最高!」
その言葉に、美咲は思わず笑ってしまった。
二人はしばらく話し込んでから電話を切り、その頃にはもう一戸建てに到着していた。
九条蓮は道路脇に車を停め、静かに美咲を待っていた。
美咲はシートベルトを外し、「送ってくれてありがとう。じゃあ、先に入るね」と言った。
ちょうど降りようとしたとき、突然手を掴まれた。
美咲は戸惑いながら九条蓮を見つめ、その黒い瞳と目が合った。すると九条蓮が言った。「美咲、戻ってきてくれないか?」
その言葉に、美咲の心臓が激しく跳ねた。
まるで電流が走ったように手を振りほどき、「む、無理にしないって言ったよね?今はここでの生活が結構気に入ってるの」と気まずそうに答えた。
九条蓮は少し眉をひそめた。美咲が家を出てから、急に自分に対して距離を置くようになった気がしていた。理由ははっきり分からないが、もしかしたら前回のことが原因かもしれない。
だが、美咲が嫌がるなら無理強いはしない。それでも、九条蓮の胸には深い失望が残った。
九条蓮の目に陰りが差したのを見て、美咲は何か言いかけたが、その前に九条蓮が口を開いた。
その声は、どうしようもなく優しく、そして諦めが混じっていた。「もう遅いから、中に入って休んで。」
そう言って九条蓮は車を発進させ、去っていった。
美咲は遠ざかるテールランプを見つめ、そっと目を伏せた。
さっきの九条蓮は少し寂しそうだった。でも理由は言えない。まさか、九条家軽井沢別邸のオーナーと間違って寝てしまったなんて言えるはずがない。
しかも、そのオーナーが九条悠真かもしれないなんて……。
美咲の目に決意が宿り、その答えを考えるのが怖くなった。
九条家軽井沢別邸のオーナーが誰なのか突き止めて、この件をきちんと片付けたら、その時は九条蓮に全てを正直に話そう。そうしたら、行くも残るも、九条蓮の決断に従うつもりだった。
……
その頃、東京の病院。
腹痛を訴えて桜井奈緒が病院に運ばれた。検査の結果、なんと妊娠していることが判明した。
その知らせを聞いた桜井奈緒は、ほとんど歓喜に震えた。
お腹に手を当て、目には狂おしいほどの喜びが溢れていた。
子供だ!ついに自分にも子供ができた!
この子は九条悠真の子。これで九条悠真の子を身ごもったからには、もう別れる必要なんてない。このことを絶対に九条悠真に伝えなきゃ。
桜井奈緒は九条悠真の番号に電話をかけたが、2回コールしたところで切られてしまった。
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