Chapter 339
今日は行けそうにない
幸いなことに、あの日以来、柏木健人が再び彼女に絡んでくることはなかった。あの日で彼も満足したのか、もう彼女を放っておいてくれたようだ。
桜井奈緒は少しだけ気が楽になった。その朝、起きてすぐに携帯にメッセージが届いた。「奈緒、もう片付いたわ。」
そのメッセージを見た瞬間、桜井奈緒は思わず声を出して笑いそうになった。
母がついに手を打ってくれたのだ。高橋正人は来ない。もう偽の身分がバレる心配もない。
天も味方してくれている!
桜井奈緒は緊張した気持ちを一掃し、上機嫌で発表会が行われるホテルへと向かった。
車の中で、彼女は再度陽陽に確認した。「メディア関係は全部手配できてる?」
「桜井部長、ご心配なく。全部バッチリです。当日は大々的に宣伝して、この件を大きく盛り上げます。高橋美咲は有名にならざるを得ませんよ。」
新作発表会の前から、桜井奈緒はクイーンが来るという話題で大きく煽っていた。長い間話題を作ってきたおかげで、今日もクイーン目当てで来る人がかなり多い。
もしこの人たちが騙されたと知ったら、高橋美咲を八つ裂きにしかねない。
桜井奈緒はうなずいた。「よし、出発して。」
同じ頃、エレガントなスーツ姿の高橋美咲は、九条蓮の車に乗り、発表会会場まで送ってもらっていた。
今の二人は新しい関係の形を始めたような気がしていた。
以前は一緒に暮らし、同じベッドで寝て、朝から晩まで毎日顔を合わせていた。どこか曖昧な関係だったが、誰もその一線を越えようとはしなかった。
今は恋人同士になり、一番近い関係になったのに、別々に暮らさなければならない。毎回、九条蓮はわざわざ迎えに来てくれて、面倒だと思う素振りもなく、文句一つ言わない。
九条蓮がこんなにも気遣ってくれるからこそ、高橋美咲はますます罪悪感を覚えていた。
一刻も早く九条家軽井沢別邸で起きたことを調べ、黒幕を突き止めなければならない。
ほどなくしてホテルに到着した。高橋美咲はシートベルトを外し、少し考えてから言った。「じゃあ、私は先に行くね。今日何時に終わるかわからないから、待たなくていいよ。」
そう言って高橋美咲はシートベルトを外し、車を降りた。
彼女が去った後、九条蓮も車のドアを開けて降りようとしたその時、真壁直人から電話がかかってきた。
「九条さん、大変です。高橋家から連絡がありました。高橋正人さんが朝からお腹を壊して下痢が止まらず、今日は来られそうにありません。」
九条蓮は眉をひそめた。やはり何か起こると思っていた。
高橋正人が来られないなら、自分がもっと頑張るしかない。
「うん、わかった。」
九条蓮は電話を切り、車のドアを開けて降りた。
高橋美咲は、彼が自分をホテルに送った後は仕事に向かうと思っていた。実は今日、彼もホテルにいて高橋美咲を手伝うつもりだった。
…
大阪・市立病院。
高橋正人は病室のベッドに横たわり、顔色は冴えなかった。昨夜の夕食以来、何度もトイレに駆け込み、ほとんど脱水状態になるほど下痢が続き、今朝になって病院に運ばれた。
医師の診断は、食あたりによる急性胃腸炎だった。
点滴を受けて、今はだいぶ楽になり、ベッドで休んでいる。
足音が響き、病室のドアが開いた。すぐに優しい女性の声がした。「正人さん、具合はどう?」
その女性は上品な服装で、整った顔立ちと透き通るような肌を持ち、三十代にしか見えないほど若々しく美しかった。彼女は高橋正人の現在の妻、高橋花だった。
高橋正人は軽くうなずいた。「もうだいぶ良くなったよ。医者からはもう少し様子を見るように言われている。」
高橋花はベッドのそばに腰掛け、優しい目で高橋正人を見つめながら言った。「美咲さん、今は東京にいるんでしょう?今日、新作発表会があるって。あなたの体調じゃ、無理して行かない方がいいわ。」
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