Chapter 3
偽りの九条蓮
高橋美咲が目を覚ましたのは、九条凛の部屋とは思えないほど静かな部屋だった。
まず頭痛が襲ってきた。次に見知らぬ天井、シルクの掛け布団、ドアのそばに置かれた黒いスーツケースが目に入る。バッグはまだ手首にかかっていた。その中の婚姻届受理証明書が、まるで法的な悪い決断の証のように肌に押し当てられている。
勢いよく起き上がりすぎて、顔をしかめた。
半開きのバスルームの向こうで水音がする。
「凛?」美咲は呼びかけた。
水音が止まった。
そのとき、昨夜の最後の記憶がよみがえった。九条凛が「ここは私の部屋。寝てなさい」と言ったことだ。
ドアノブが回る。
バスルームから出てきたのは、黒いTシャツにゆったりした黒のパンツ姿の男だった。髪をタオルで拭きながら現れたその男は、部屋を狭く感じさせるほど背が高く、落ち着いた雰囲気で、美咲はまるで取締役会に迷い込んだような気分になった。
二人とも言葉を発しなかった。
美咲がまず思ったのは、九条凛が専属運転手がこんなに格好いいとは一言も言っていなかったということ。次に、彼には警備員を呼ぶ正当な理由があるということだった。
「あなたは誰?」と美咲は尋ねた。
彼の視線がバッグから覗く証明書の端に移り、再び美咲の顔に戻る。「ここは私の部屋です」
「凛が私をここに連れてきたの」
「凛はよく無断でいろいろやりますから」
その乾いた確信に満ちた口調に、美咲はバッグを引き寄せた。「あなたは彼女が雇った専属運転手?」
初めて、彼の表情にわずかな驚きが浮かんだ。
「専属運転手、ですか」
「九条蓮のふりをする人。婚約パーティーのために。これは本物じゃない。ただの頼みごと」美咲は常識が止める前に証明書を差し出した。
彼はその書類を美咲の指から受け取った。
美咲は、きまり悪さや苛立ち、あるいは金銭の要求を予想した。だが彼は、すでに問題を解決し始めているかのように、一行一行を確かめながら読み込んだ。
「誰が本物じゃないと言ったんですか?」
「凛が。これは小道具だって」
「凛は嘘をつきました」
あまりに落ち着いた返答に、美咲は思わず笑った。信じるには現実的すぎる。「冗談でしょ」
「冗談を言うつもりはありません」
ベッドサイドのテーブルでスマホが光った。桜井奈緒から新着メッセージが届いている。
写真には、ウェディングドレスショップで九条悠真の手が奈緒の腰にしっかりと添えられていた。その下には一行だけ。「来月パーティー。見ていられるなら来て」
美咲は二度読み返した。ホテルの部屋で感じた痛みが、今度はもっと冷たく戻ってきた。
男は美咲の表情の変化をじっと見ていた。
「元婚約者ですか?」
「もう私のものじゃない」
「それは良かった」
その一言は本来なら癪に障るはずだった。だが、逆に美咲は現実に足をつけられた気がした。
美咲は床に足を下ろし、ベッドの角にふくらはぎをぶつけた。傷がしみ、膝のあたりの布が血で濃くなった。
男は美咲が大丈夫だと言う前に部屋を横切り、キャビネットを開けて救急箱を持ってきて、二人の間のテーブルに置いた。
「座って」
「自分でできる」
「立つのもやっとでしょう」
それは優しさではなく、冷静な判断だった。だからこそ受け入れやすかった。
彼は慣れた手つきで浅い傷を手当てした。必要以上に触れることも、美咲を壊れ物のように見ることもなかった。美咲はその無駄のない動きを見ながら、なぜ専属運転手がこんなに人を従わせる雰囲気を持っているのか不思議に思った。
「運転手らしくないですね」
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