Chapter 268
九条蓮と別れて
高橋美咲は眉をひそめ、視線をテーブルの上に落とした。
そこには白い封筒が置かれていたが、中身は見えない。きっと莫大な金額の小切手だろうと察した。
だが、どれだけ大金が入っていようと、彼女の決意は揺るがないし、誰かに何かを強いられるつもりもなかった。
その言葉を口にした後、九条千紗は密かに高橋美咲の様子を観察した。
高橋美咲の表情が変わったのを見て、先ほど彼女に挑発されて感じた怒りが少し和らいだ。口元に微かな笑みが浮かび、態度もいくらか柔らかくなった。
優しい声で「高橋さん、あなたは賢い方だと思います。どうすればいいか分かっているはず。九条蓮と別れてください」と言った。
そう言い終えると、九条千紗の視線は高橋美咲に注がれた。
この貧しい娘が身分の差に打ちのめされ、頭を下げるのを待っていた。そうすれば九条家の大旦那様からの任務を完璧に果たせるはずだった。
九条千紗の目に浮かぶ軽蔑を見て、高橋美咲の表情は冷たくなった。
彼女は冷笑を漏らした。「九条夫人、お金はいただきません。」
少し間を置き、さらに傲慢で高飛車な口調で「それに、私が九条蓮と別れるかどうかはあなたが決めることじゃありません。それと、言い忘れていましたが——私たちはすでに法律上結婚しています。だから仮に別れるとしても“別れる”じゃなくて“離婚”です!」
そう言い放つと、九条千紗の表情を一切気にせず、そのまま立ち上がってまっすぐ外へ歩き出した。もう一言も交わす気はなかった。
九条千紗は呆然とした表情を浮かべ、高橋美咲の言葉に衝撃を受けたようだった。
彼女は高橋美咲が九条悠真の元恋人だとは知っていたが、九条蓮とすでに結婚しているとは思いもしなかった。
九条千紗の顔色が曇った。
そうなると、この女を相手にするのは簡単ではない。思っていた以上に厄介な状況だ。だからこそ九条家の大旦那様が自分を送り込んだのだろう。
その時、外で高橋美咲を止めようとする声が聞こえ、彼女の声も中に響いた——
「不法に監禁するつもりですか?出してくれないなら、最悪一緒に警察沙汰にしますよ。やれるもんならやってみて!」
九条千紗の秘書・安倍麻衣が奥から出てきた。九条千紗は安倍麻衣に目配せし、「行かせてあげて」と言った。
安倍麻衣はうなずき、外へ向かった。
玄関では高橋美咲が数人のボディガードに行く手を阻まれていた。安倍麻衣が何かを伝えると、彼らは二歩ほど下がった。
高橋美咲はそのまま外へ出ていき、邸宅は再び静けさに包まれた。
安倍麻衣が邸宅に戻ると、九条千紗は暗い表情で座っていた。顔には水が滴りそうなほどの険しさが浮かんでいる。
安倍麻衣は九条千紗のそばに立ち、小声で「奥様、彼女は全く動じていないようです。駆け引きでしょうか?それとも欲深いのでしょうか?提示した金額が足りないと思っているのかもしれません」と尋ねた。
安倍麻衣は九条千紗の有能な右腕で、これまでも悩みを整理し、時に助言をしてきた。今回も変わらず九条千紗を気遣っていた。
先ほどの高橋美咲の態度を思い返し、九条千紗は再び胸が痛むほどの怒りを覚えた。
すべてが想像と違っていた。
もともと高橋美咲のような貧しい娘なら、少し説得し、脅しや誘惑、そして金攻めをすれば必ず屈すると思っていた。
「出て行け」と言えば、素直に従うはずだった。
まさか、ここまで手強いとは思わなかった。
「分からないわ。もしかしたらね。もっと別の手を考えないといけないみたい」と九条千紗は鼻梁をつまみ、高橋美咲への打つ手がない様子だった。
安倍麻衣が何か言いかけたその時、突然玄関で騒ぎが起こり、背の高い人影が堂々と入ってきた。
九条蓮が現れたのだ!
You might also like




