Chapter 232
動かないで、少しだけ抱きしめさせて
契約を解消?
前は契約を破ったら莫大な違約金を払わなきゃいけないって言ってたのに、どうして急に……
「ど、どういうこと?」
「九条凛のために結婚しただけだ。君は何も悪くないし、この契約は君に不公平だ。俺が解消する。これからはもう連絡もしない」
九条蓮は器の大きい男だった。
高橋美咲に気持ちがあることは認めていたが、無理やり高橋美咲と相沢翔の関係を壊すようなことはしたくなかった。
さっきの高橋美咲の行動で、彼は決意した。彼女を自由にして、相沢翔と一緒になれるようにしてあげようと。
九条蓮の胸には苦しさが広がり、名残惜しそうに高橋美咲を離した。
これが最後の抱擁だった。
「もう遅いから、休んだ方がいい」そう言って、彼は立ち上がり書斎へ向かった。
九条蓮の背中が書斎に消えていくのを見て、高橋美咲はようやく我に返った。彼女はソファから飛び上がり、慌てて追いかけた。
「九条蓮、待って!」
高橋美咲の声に、九条蓮は立ち止まり、静かに彼女を見て言葉を待った。
「もしかして……私があげたプレゼント、気に入らなかったから怒ってるの?」
「ごめんなさい!今回は本当に考えが足りなかった。あのブランドの服が好きじゃないなんて知らなくて……次はもっといいもの選ぶから」
九条蓮は黙ったままだった。
高橋美咲は自分にすごく腹が立った。
はぁ……全部相沢翔のせいだ。サプライズは相手に何も知らせずにやるべきだなんて言うから……
あの時、素直に九条蓮に聞いていれば、こんなことにはならなかったのに。
困った顔の高橋美咲を見て、九条蓮はゆっくりと口元に微笑みを浮かべ、優しい目で彼女を見つめて言った。「気にしなくていい。本当に君のプレゼント、嬉しかったよ」
「じゃあ、じゃあどうして……」
契約を解消したいと言われたことを思い出し、高橋美咲は今にも泣きそうなほど焦っていた。まさかこんなことになるなんて思っていなかった。
九条蓮との契約を解消したくなんてなかった。
これまでの出来事や一緒に過ごした時間の中で、彼女は自分が九条蓮に惹かれていることに気づいていたし、ずっと一緒にいたいと思っていた。
九条蓮は手を伸ばして高橋美咲の頭をそっと撫でた。「あまり考えすぎるな。早く寝ろ。おやすみ」
そう言うと、そのまま部屋に入り、ドアを閉めてしまった。
目の前でドアが勢いよく閉まるのを見て、高橋美咲は心が谷底に落ちていくような気がした。
まるで九条蓮に自分の世界から締め出されたみたいだった。
…
翌朝、高橋美咲の目の下には大きなクマができていた。一晩中眠れなかったのだ。
九条蓮は彼女よりも早く起きていて、ダイニングテーブルに座っていた。髪はまだ少し濡れていて、シャワーを浴びたばかりなのが分かった。
「朝ごはん、食べて」
高橋美咲は少し迷いながら椅子に座った。
引っ越してからは、もう朝ごはんを作る必要もなくなったし、お昼も作っていないことに気づいた。
今の自分の状態では、朝早く起きて朝食を作るなんて無理だった。九条蓮は本当に気遣ってくれている。
昨夜のこと、まだ覚えているのかな?
高橋美咲はこっそり九条蓮の顔をうかがったが、特に変わった様子は見えなかった。
九条蓮の目にはうっすらと赤い筋が入り、端正な顔には疲れの色が浮かんでいた。それが酔いのせいなのか、彼もまた昨夜眠れなかったのかは分からなかった。
「九条蓮……」
高橋美咲が言いかけた時、九条蓮はゆで卵の殻をむいて、彼女の前の器に入れてくれた。
「ありがとう」
少し迷った後、高橋美咲はやはり九条蓮を見上げて尋ねた。「昨日の夜、あなた……」
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