Chapter 223
敵同士の世界は狭い
「行こう。急にザリガニが食べたくなった。」
高橋美咲は桜井奈緒を無視し、そのまま九条蓮の手を取って立ち去った。
二人が去っていくのを見届けると、桜井奈緒のか弱く哀れな表情は一瞬で消え、目に冷たい光が宿った。
高橋美咲のやつ、よくも自分を無視してくれたわね!
桜井奈緒は九条悠真を見て言った。「悠真、高橋美咲なんて全然いい女じゃないわ。あなたと付き合ってた時は純粋ぶってたけど、今じゃ何人の男と関係を持ったか分からないわよ。見てよ、あの偽物の九条さんにまで手を出して……」
九条悠真の表情が一気に曇った。
つまり、自分はその偽物以下だと言いたいのか?
桜井奈緒はこれ以上は言わず、話題を変えて優しく問いかけた。「悠真、まだ私のこと怒ってる?」
「あなたのことが好きすぎて、あんなことしちゃっただけなの。もう十分罰は受けたわ。ネットで何日も叩かれて、フォロワーも100万人以上減っちゃったし。」
桜井奈緒は少し目を赤くしながら続けた。「はぁ、もう本当に後悔してるの。どうしてあんなこと思いついちゃったんだろう……」
九条悠真は我に返り、ぼんやりと「もう怒ってないよ」と答えた。
桜井奈緒が高橋家の娘という立場を考えれば、これくらいのことは大目に見てもいい。所詮は自分の評判が少し傷ついただけで、以前の婚約騒動に比べれば大したことではない。
婚約の時のことを思い出し、九条悠真の目が陰りを帯びた。「奈緒、ジュエリーブランドも軌道に乗ってきたし、新商品のデザインも始まった。すべて順調に進んでる。義父さんを一度招待してみてくれ。」
その言葉を聞いた瞬間、桜井奈緒の体がほんのわずかに強張った。
高橋正人をメゾン・ヴェルヌに呼ぶ?それじゃ自分の正体がバレてしまうじゃない!
絶対にダメ!
前よりも冷静になった桜井奈緒は、すぐに動揺を押し殺し、「悠真、どうして急にお父さんを呼ぼうと思ったの?最近いろいろあったし、私のこと心配させたくないの。もう少し落ち着いてからじゃダメ?」と問い返した。
そう言いながら、涙が頬を伝った。
「私のこと信じてないの?高橋家の執事の和田琉生さんだって、わざわざ契約交渉に来てくれたのよ。全部嘘だと思うの?どうして疑うの……」
桜井奈緒が泣き出したのを見て、九条悠真は慌てて彼女を抱きしめた。
「奈緒、考えすぎだよ。信じてないわけじゃない。ただ、義父さんに自分の実力を見せたかっただけなんだ。」
今はメゾン・ヴェルヌのマネージャーになったものの、仕事は決して楽ではなく、桜井奈緒に上から押さえつけられているようで、どうしても息苦しさを感じていた。
もっと上を目指したい。
九条蓮をも超えたいとさえ思っている。
「分かってる。妊娠は嘘だったけど、あの時の転倒で本当に怪我したし、まだ何も成し遂げてない今、呼んでも格好がつかないよ。ちゃんと準備ができたら、その時に招待しよう?」
九条悠真の目に一瞬迷いが浮かんだが、結局はうなずいた。「分かった、分かった。全部君の言う通りにしよう。」
九条悠真がようやく諦めてくれて、桜井奈緒はほっと胸をなでおろした。
高橋美咲の件も、結果的には損ではなかった。少なくとも当面は高橋正人に会わなくて済む口実になり、自分が本当は高橋家の娘でないこともバレずに済む。
だが、安堵したのも束の間、九条悠真が「数日後は新商品の発表会だし、その時に招待しよう」と言い出した。
桜井奈緒の体が再び強張ったが、さっき断ったばかりで今また拒否すれば、さすがに怪しまれる。
一刻も早くメゾン・ヴェルヌ・ジュエリーを成功させなきゃ!
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