Chapter 216
彼女は彼と離婚したがっている
コンコン、と高橋美咲は書斎のドアをノックした。
「どうぞ。」九条蓮の低い声がドアの向こうから聞こえた。
この後に続くことを思うと、高橋美咲は急に緊張してしまった。少し気持ちを落ち着けてから、ドアを開けて中へ入った。
重厚な木製デスクの向こうで、九条蓮は背筋を伸ばして椅子に座っていた。
デスクの上には開いたノートパソコンがあり、ちょうど仕事の最中のようだった。
今日の九条蓮は、高橋美咲が退社時に見かけた白いドレスシャツを着ていた。袖は手首までまくり上げられ、蜂蜜色の肌が少しだけのぞいている。高価なアクセサリーがなくても、彼はやはり上品で気品があった。
高橋美咲はしばらくドア口で彼の姿に見とれていた。九条蓮がふと視線を上げてこちらを見たとき、ようやく落ち着かない様子で中に入り、彼の正面に座った。
席に着いたものの、何を話せばいいのかわからなくなってしまった。
おかしい。普段はこんなに口ごもるタイプじゃないのに、九条蓮を前にすると自分が自分じゃないみたいだ。一体どうしたんだろう?
高橋美咲が必死に話題を探していると、先に九条蓮が口を開いた。落ち着いた声で「相沢翔との面会はどうだった?」と尋ねた。
「えっと……まあ、良かったです……」
なぜ急に九条蓮が相沢翔との面会について聞いてくるのだろう?
そう答えると、また空気が静まり返った。
高橋美咲はスリッパの中で足を丸め、手をぎゅっと握りしめていた。しばらくして、ようやく無理やり言葉を絞り出した。「あの……夕飯はもう食べましたか?」
その言葉を聞いて、九条蓮の機嫌が少し良くなった。
少なくとも高橋美咲には良心がある。自分を置いて相沢翔に会いに行ったことが薄情だとわかっていて、夕飯を気にかけるくらいの分別はあるらしい。
九条蓮の目つきが和らぎ、「食べたよ。外で済ませた。」と答えた。
高橋美咲は「そうですか。今日はお仕事忙しかったですか?」と続けた。
九条蓮は「まあ、そこそこだ。」と返した。
高橋美咲はさらに「お昼は何を食べました?」と尋ねた。
「出前だ。」
高橋美咲は少し考えてから、「それで、仕事で何か困ったことはありませんでしたか?」と聞いた。
九条蓮は目を細め、ようやく何かがおかしいと気づいた。
高橋美咲は今日一日の出来事を細かく聞き、体調まで気にしている。いったい何が目的なのか?
ふいに、九条凛の言葉が九条蓮の脳裏をよぎった。
高橋美咲と相沢翔は昔の関係を取り戻し、今は自分の様子を探っているのか?
九条蓮の表情が一気に険しくなった。
冷たく鋭い視線を向けられ、高橋美咲は必死に九条蓮の日常を気遣おうとしていた手が止まり、心に不安が広がった。
なぜ九条蓮はそんな目で自分を見るのだろう?
高橋美咲は書斎の中を見回し、ようやく彼が本気で仕事をしていたことに気づいた。自分が入ってきて邪魔をしてしまったのかもしれない。
社長の秘書はとても忙しく、勤務時間外でも呼び出されることが多いと聞いたことがある。
仕事が終わらなければ、上司に叱られることもあるだろう。
やっぱり、ネットのQ&Aなんて全然あてにならない。
高橋美咲は気まずそうに笑い、立ち上がって「じゃあ、私は出ますね。お仕事の邪魔しませんので、ごゆっくり。」と言った。
そう言って高橋美咲は後ずさりしながら部屋を出た。
ドアを閉めた後、高橋美咲は自分の額をぺしっと叩いた。
書斎は静まり返ったが、九条蓮の周りの重苦しい空気は消えなかった。さっきの出来事で彼の気分はすっかり乱れていた。
高橋美咲の後ろめたい表情を見て、彼女がもうこの契約結婚を続けたくないのだと確信した。
彼女は相沢翔と再び心を通わせ、今や自分と離婚したがっているのだ!
九条蓮の眉間には深いしわが寄り、苛立ちがじわじわと広がっていった。
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