Chapter 190
彼女は印象を覆した(続き)
その言葉を聞いた野上千紗の目に、やけっぱちな覚悟が浮かんだ。
彼女は高橋美咲を見上げて、「つまり、通報されたら刑務所行きってことよね?」と尋ねた。
高橋美咲は、少し脅して揺さぶるつもりだっただけだった。
だが、野上千紗の反応は予想外だった。
高橋美咲が何も言う前に、野上千紗は歯を食いしばり、憎しみに満ちた声で言った。「刑務所に入れてやりたい!桜井直樹がすべてを失った時、あの女がまだ待ってるか見ものだわ!」
野上千紗の顔は怒りで歪み、鬼気迫るほどだった。
高橋美咲は、さっき聞いた二人の会話を思い出した。
そして野上千紗を見て、心の中でため息をついた。——また、裏切られ、復讐に燃える女性がここにいる。
「彼は医師としての倫理を踏みにじった。だからこそ、きちんと償うべきよ。」少し間を置いて、高橋美咲は興味深そうに尋ねた。「さっき、あなたの夫には別の女がいるって聞いたけど?」
その言葉に、野上千紗の張り詰めていた感情が一気に崩れた。
彼女は鼻をすすりながら、ゆっくりと語り始めた。「その愛人は病院の研修看護師よ。前から二人の間に何かあると気づいてて、そのことで一度大喧嘩したの。でもその後、彼女は病院を辞めたから、もう終わったと思ってた。まさか……」
高橋美咲は目を細めた。「あなたの夫は、その女を外で囲って、隠れて付き合ってたの?」
「そうなんです!」野上千紗はうなずいた。
「表向きは出て行ったことになってますけど、実際はうちの夫があの女をずっと囲ってるんです。しかも、私の給料を使って毎月あの女の家賃まで払ってるんですよ!」
「私も夫も田舎出身で、兄弟姉妹も多いんです。必死に節約してやっと家を買ったのに、桜井直樹先生は「お前は金遣いが荒い」って言って、私の給料を預かるって言い出して……私も信じて任せてたんです。まさか全部、他の女に渡してたなんて……」
高橋美咲はわずかに眉をひそめた。
野上千紗の立場や状況を考えれば、自分より地位の高い桜井直樹のような男には、簡単に言いくるめられてしまうのも無理はない。
野上千紗は顔を覆い、苦しそうに言った。「看護師の仕事は本当にきつくて、残業も当たり前。昼夜逆転のシフトばかりでホルモンバランスも崩れて、子どももなかなかできなくて……」
「義母からはずっと、蓮と早く子どもを作れって言われてきました。まさか今になって、それを理由に離婚を切り出されるなんて!」
高橋美咲は驚いて言った。「産婦人科の部長なら、子どもができないんじゃなくて、治療が必要なだけだって分かってるはずでしょ?」
「もちろん分かってますよ!でも、桜井奈緒のために診断書を偽造して大金を受け取った今となっては、私を追い出してあの女と幸せになりたいだけなんです!」
野上千紗の心は、すでに憎しみに支配されていた。
彼女は表情を冷たくし、歯を食いしばって決意を込めて言った。「絶対にあいつらに、相応の報いを受けさせてやります!」
野上千紗がすべてを吐き出したことで、高橋美咲は大まかな状況を把握した。
野上千紗が桜井直樹を刑務所に送りたがる理由も納得できた。
もし桜井直樹に離婚されたら、これまでの努力がすべて水の泡になる。信頼が崩れた女性が、すべてを壊したくなるのも無理はない。
高橋美咲は目を光らせ、何気なく尋ねた。「でも、証拠が足りなければ、あなたの証言だけじゃ難しいかもしれませんよ?」
「証拠ならあります!」
高橋美咲が必要なのは明確な証拠であり、彼女は意図的に野上千紗を誘導して、それを引き出そうとしていた。
「桜井直樹が賄賂を受け取った証拠があるんですか?」
「このことを知ってから、桜井奈緒が送金した履歴を手に入れました。たぶん、桜井直樹は口外しないと思われてたのか、匿名でもなく自分の口座から振り込んでたんです。これだけでも十分な証拠になりますよね?」
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