Chapter 121
少しどころじゃないのかも
「え?」高橋美咲は上体を起こし、戸惑いながら九条蓮を見た。その瞳は疑問でいっぱいで、彼の言っている意味がまるで分かっていないようだった。
あの時交わした契約書に、何か問題があったのだろうか?
当時は桜井奈緒の浮かれきったSNS投稿に腹を立てていて、急いでざっと目を通しただけだった。他の条項にはほとんど注意を払っていない。
驚かされたあの条項以外にも、何か見落としていたの?
高橋美咲の顔に浮かぶ困惑を見て、九条蓮はもっとはっきり説明することにした。
彼はゆっくりと言った。「最後の付則に、契約を途中で解除した場合、違約金として7億5000万円を支払うという条項がある」
高橋美咲はベルのように目を見開いた。
何ですって?
違約金が7億5000万円!!!
本気なの? 自分を売ったって、7億5000万円も返せるわけがない!
九条蓮は表情一つ変えずに言った。「それでも離婚したいか?」
高橋美咲は、もともと本気で離婚したかったわけではない。ただ九条蓮には恋人がいるから、二人のために身を引こうと思っただけだ。まさか、あの時交わした契約書にこんな巨大な罠が隠されていたとは思いもしなかった。
言葉も出なかった。
しばらくして、高橋美咲は深いため息をついた。「離婚はしない」
どうせ一年なんて、あっという間に過ぎる。
その時が来れば、きれいさっぱり離れられるのだ。
今はまだ九条蓮のそばにいられる。それでも高橋美咲の心は晴れなかった。九条蓮にはもう恋人がいて、契約に縛られて仕方なく自分との関係を続けるだけなのだから。
考えてみれば、二人とも被害者なのかもしれない。
こんなことなら、契約書に署名する時、あと何度か読み返しておけばよかった。
高橋美咲は力なく横になった。まあいい、離婚しないならそれで。でもこれからは、九条蓮への気持ちを変えなければならない。そうしなければ、遅かれ早かれ彼の魅力に抗えないほど溺れ、抜け出せなくなってしまう。
彼女は目を閉じ、そっと言った。「おやすみ、九条蓮」
「おやすみ」
気分は沈んでいたものの、高橋美咲はいつも通りあっという間に眠りに落ちた。一方の九条蓮は、目を開けたまま、まるで眠気を感じていなかった。
わずかに眉をひそめ、その視線を高橋美咲に向けていた。
暗闇の中、彼女の顔の輪郭がぼんやりと見える。誰かを引き留めるために、いつか自分がこんな卑怯な手を使うことになるとは、思ってもみなかった。
その頃、隣のテントでは――
九条凛がテントの壁に耳を押し当て、好奇心と野次馬根性をむき出しにして聞き耳を立てていた。
後ろからその姿を見た神谷海斗は、思わず小さく笑った。「兄さんの話を盗み聞きしてるのか?バレたら、ただじゃ済まないぞ」
九条凛は振り向きもせずに言った。「何よ。私は美咲と兄さんが心配なだけ。まさか美咲の心に隠れた男がいるなんて、びっくりだよ。一体誰なんだろう?」
高橋美咲と学生時代を過ごした記憶を必死にたどってみたが、その条件に当てはまる人物は一人もいなかった。
高橋美咲が特定の男と親しくしていたことなど、一度もなかったのだ。
神谷海斗の目に好奇心がちらりと浮かぶ。彼はさりげなく尋ねた。「じゃあ、君の心に隠れている男は、あの森岡千隼なのか?」
あのクズ男の名を出された瞬間、九条凛は爆発した。
勢いよく振り返り、歯を食いしばって言った。「私の前であいつの名前を出さないで。腹が立つから!そうしたら、私たち、仲のいい兄妹ですらいられなくなるよ!」
仲のいい兄妹……?
その三文字を聞いた瞬間、神谷海斗の表情が目に見えてこわばり、顔つきが暗く読めないものになった。
九条凛は自分を、兄としか見ていないのか?
どうやら、まだ先は長そうだ。
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