Chapter 120
もうひとつの白月光を隠して(続き)
九条蓮の目が暗くなった。真壁直人が調べた情報を思い出す。そこには高橋美咲のあらゆる情報が詳細に記録されていた。
だが、一部の記録は空白だった――少なくとも、子供時代のことは何も分からなかった。真壁直人も「昔すぎて調べきれなかった」と言っていた。
もしかして、その空白の時期に高橋美咲が好きだった人がいたのか?
だからこそ、九条悠真に対してあんなに淡白なのか?
考えれば考えるほど、九条蓮は不機嫌になった。まるで自分自身に腹を立てているようだった。だが、もし本当に高橋美咲に好きな男がいたとしても、問い詰めることはできない。
その夜、高橋美咲と九条凛は施設のシャワーを浴び、それぞれ自分のテントに入った。
テントの中はあまり広くなく、寝袋が2つ並べられる程度で、2人の距離はとても近い。まるで同じベッドと枕を共有しているようだった。
高橋美咲は寝袋に潜り込んだ。九条蓮はさっきシャワーに行っていて、まだ戻ってきていない。
複雑な気持ちで、なかなか眠れなかった。
ぼんやりしていると、テントのファスナーが開く音がした。九条蓮が戻ってきたのだ。
彼はひんやりとした空気をまとい、髪もまだ少し濡れていて、どこか冷たく孤高な雰囲気を漂わせていた。
九条蓮は何気なく高橋美咲の隣に横になった。2人は肩を寄せ合うように並んで寝転がった。
辺りは静かで穏やかだった。外からは正体の分からない動物の鳴き声らしきものが聞こえ、二人が今どんな場所にいるのかを思い出させた。
九条蓮は眉間に深いしわを寄せたまま、今日、高橋美咲が口にした言葉をまだ考えていた。
彼女の心にいる白月光が誰なのか、聞きたかった。
だが彼が口を開くより先に、隣から高橋美咲の声がした。くぐもった声で、彼女は言った。「九条蓮、帰ったら区役所へ行って、離婚届を出そう」
九条蓮の周囲の空気が一瞬で重くなり、その目に冷気が宿った。
九条凛の言った通り、高橋美咲の心には本当に別の男がいたのだ!
しかも用が済んだ今、自分を捨てようとしている!
「離婚?」
淡い月明かりの中でも、九条蓮の顔が暗く沈んでいるのが分かり、高橋美咲は一瞬ひるんだ。
さっきからずっと覚悟を決めて、ようやく口にしたのに。どうして彼は、まるで自分が数億円もの借金を踏み倒そうとしているかのような顔をするのだろう?
これは九条蓮が一番望んでいたことではなかったの?
どのみち彼にはもう恋人がいるし、二人の契約もすでに果たされている。九条蓮は彼女のために相手の鼻を明かす役目を、見事にやり遂げてくれた。
高橋美咲は、九条蓮が女の子とカップル向けのコース料理を食べているところを見た時のことを、また思い出した。彼を一晩中待っていたのに、出張へ行ったとだけ聞かされたのだ。
今思い返しても、胸の奥が鈍く痛んだ。
この男に少し好意を抱いていることは認めざるを得ない――いや……もしかすると、少しどころではないのかもしれない。
高橋美咲は胸の内の感情を押し殺し、慎重に言った。「あなたの役目はもう終わったんだし、そろそろ終わりにしてもいいでしょ?それに、これからはあなたの立場も変わる。私だって空気くらい読めるわ。あなたの邪魔はしない」
「私たちの結婚は、そもそも事故みたいなものだった。でも助けてくれたことには感謝してる。これからは、もうここまでにしましょう」
彼女は心から別れを告げていた。だが九条蓮には、高橋美咲が一刻も早く自分を捨て、別の男のもとへ行きたがっているようにしか聞こえなかった。
九条蓮は冷たく笑い、何気ない口調で言った。「あの時交わした契約書、ちゃんと読んだのか?」
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