Chapter 12
仮の同居生活
高橋美咲は九条インターナショナルを出た後、九条家本邸には戻らず、スマートフォンを取り出して東京の賃貸物件を検索し始めた。
たとえ九条家の専属運転手と勢いで結婚してしまったとはいえ、九条家本邸に滞在する勇気はなかった。本物の本人にばったり会ってしまったら、どう説明しても誤解は解けない。そんな事態は最初から避けるに限る。
何年も前、母親は事故で植物状態になり、今は大阪の個人病院に入院している。毎月の医療費もかなりの額だ。
高橋美咲は人から依頼された壁画を描くことで、なんとか生活費と医療費を賄っていた。普段から節約して暮らせば、少しは手元に残ることもある。
だから無駄遣いは一切しない。使うお金はすべて大切なことのためだけ。
今月分の医療費を支払ったばかりで、手元にはほとんどお金が残っていない。部屋探しも慎重にならざるを得なかった。
しばらく賃貸情報を見比べた末、高橋美咲は都心から少し離れているが交通の便が良いアパートに決めた。
実際に部屋と周辺環境を見て回り、満足してから一ヶ月分の敷金と三ヶ月分の家賃を支払い、契約を済ませた。
ようやく高橋美咲は九条蓮に連絡しなければならないことを思い出した。
だがそのとき、九条蓮の電話番号を知らないことに気づいた。自分と九条蓮は、法的には他人同然の関係。お互いの連絡先すら知らないほど、薄い縁だった。
しかも荷物はまだ九条家本邸に置いたまま。仕方なく一度取りに戻るしかなかった。
九条家本邸。
九条凛はにこにこと意味深な笑みを浮かべながら高橋美咲を見つめ、「美咲さん、いよいよあの人と同居するの? 私が…見つけてきたあの人と? 素敵じゃない!」と声を弾ませた。
あの万年鉄の木のような兄が、ついに花開くかもしれないと思うと、九条凛は嬉しくてたまらない。
まるでアドレナリンが全身を駆け巡っているかのように、九条凛は生き生きと輝き、毎日でも高橋美咲と九条蓮のカップルぶりを間近で見ていたい様子だった。
九条凛のきらきらした目を見て、高橋美咲は少しテンションが高すぎるのではと感じた。
もしかして、偽の婚姻届が本物になったのは九条凛の策略だったのでは、と疑い始める。
「いえ、ここにいるのは都合が悪いんです」
「何が都合悪いの? 私の家は美咲さんの家でもあるのに!」と九条凛はすぐに返した。
「九条家にいるのはやっぱり無理です。やめておきます」高橋美咲はきっぱりと断った。
九条凛は、美咲と兄が一緒に暮らせば関係が進展するかもしれないと思い、もう引き止めるのをやめた。
「じゃあ、いいわ。引っ越すのね。住所はメモしておいたから、今度遊びに行くわよ。ほら、スーツケースもまとめておいたから、早く持っていって!」とスーツケースを押し出した。
九条家本邸を出た後、高橋美咲は九条蓮のことを思い出した。
たとえ仮の夫婦でも、九条家本邸にいないなら一言くらい伝えておくべきだろう。
さっき出る前に九条凛から連絡先を聞いておいたので、スマートフォンを取り出して九条蓮の番号に電話をかけた。
だが、通話がつながると機械音声が流れた。「おかけになった電話番号は、ただいま通話中です。しばらくしてからおかけ直しください…」
高橋美咲は小さく眉をひそめ、通話を切った。
九条蓮がまだ忙しいのなら、先に引っ越しを済ませよう。
荷物をすべてアパートに運び終えた後、もう一度九条蓮の番号に電話をかけたが、また同じメッセージが流れた。
すでに2時間も経っているのに、まだ通話中?
九条蓮が何時間も誰かと電話で話し込むような人には見えない。
まあいい。これで変に見知らぬ男性と関わる必要も減るし、どうせ婚約パーティーに同行してもらうだけなのだから。
高橋美咲はすぐに九条蓮のことを頭の隅に追いやった。
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