
裏切った婚約者の叔父と、間違って結婚しました
Chapter 1
裏切り
高橋美咲は、桜井奈緒の笑い声を聞いてから、九条悠真の手が奈緒の裸の肩に触れているのを見た。
ホテルのスイートルームのドアは、8センチほど開いたままだった。美咲は戸籍謄本を手に、母の祝福を胸に抱き、悠真自身が決めた婚姻届提出の約束のために東京を横断してきた。息が止まりそうな一瞬、自分が部屋を間違えたのだと思った。
それから悠真が言った。「美咲は、俺がそれは俺たちのためだと言えば、何でも署名する」
奈緒は、また笑った。
美咲はドアを押し開けた。
真っ先に顔を上げたのは悠真だった。驚きが顔をよぎって、光のいたずらだったのではと思うほどすぐに消えた。奈緒はシーツに手を伸ばした。どちらも、説明には手を伸ばさなかった。
「早かったな」悠真が言った。
美咲はボストンバッグを床に置いた。手が一度震えた。それを握りしめる。「あなたと結婚しに来たの」
奈緒の視線が、美咲の脇に抱えたフォルダーに落ちた。招待状は、まるで贈り物のように見えるよう作られていた。役所での手続き、小さな夕食会、それから2人で家族に伝える、という流れだった。母親の入院費が未来を、失いたくても失えない唯一のもののように感じさせた、そのまさにその時に悠真が頼んできたから、美咲はそれを信じた。
「それは前の話だ」悠真が言った。
「前って、何の前?」
「俺は、もう妥協しなくていいって思い出した前だ」
その言葉は、怒鳴り声よりも鋭く胸に突き刺さった。3年愛した男を見つめても、美咲には、彼が自分のしたことを理解している気配は見えなかった。あるのは、別れを面倒にされたことへの苛立ちだけだった。
奈緒が彼に寄り添った。「美咲、騒ぎにしないで。悠真と私は婚約してるの」
「婚約してる?」美咲が聞いた。
悠真は財布に手を伸ばした。「これで終わらせる」
彼は小切手に金額を書き、美咲に差し出した。7500万円。母親が薬か家賃かを選ぶのを見たことがない人間には、気前よく聞こえる額。美咲の誠実さに悠真がどんな値段をつけたのか、はっきり分かる金額だった。
「受け取れ」彼は言った。「もう俺に連絡するな」
美咲は小切手を受け取った。
希望が残るひと呼吸のあいだ、悠真はその動きを降参だと取り違えた。
だが彼女はそれを2つに引き裂いた。さらに、また。紙片は、存在しなかった未来のための紙吹雪のように、ホテルのカーペットに散った。
「その金は取っておいて」彼女は言った。「お前が人に、まともだって言わせるために払う時に必要になる」
悠真の口元が硬くなった。「うちの誰かが、お前の味方をするとでも思ってるのか? お前には名前も金もないし、病気の母親をずっと引きずってるだけだ。何かを提示してやっただけありがたく思え」
美咲の視界が狭まった。彼がその傷を使うと知っていたのは、彼女がそれを彼に預けていたからだ。
彼女はバッグを拾い、泣くところを見られる前に出て行った。
真夜中までに、美咲は近所のバーの奥のボックス席にいた。相手は九条凛。悠真の親戚で、美咲の最も古い友人で、失恋を段取りに変えるには十分すぎるほど怒っていた。
凛は、結婚届を2枚、テーブルに叩きつけた。
「あんたに夫を見つけてきた」彼女は言った。
美咲は書類を見つめた。「何を見つけてきたって?」
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